軽井沢に用があったので、前日に世界遺産に立候補することになっている(平泉の件でシュリンクしているかもしれませんが)富岡入りしました(仕事も作って)。
時間があったので、高速を使わずに関東平野と関東山地の縁をトコトコ行きました(ほぼ八高線と並行です)。
お昼を寄居町の「(ソース)カツ丼」を食べようと計画し、「洋食つばき」にしました。
寄居のカツ丼はキャベツ等の野菜は全くない揚げたカツをソースにドブ付けしたものをご飯に乗せたものです(漬物は別)。
つばきのそれは、今年の暑さでバテ気味の胃にも優しい軽いタッチのカツ丼でした。
今年は偽装問題や価格高騰もあり、人気が今一歩のようですが、スーパーで買って来て夕飯でいただきました。
ちょっと高めの日本産(と表示してある)を買ったので柔らかく美味でした。
もっと頻度高く食べられたら幸せなのですが。
ところで、画像はうなぎの仲間ですが、やはり夏の暑い盛りに食べるハモです。
私居酒屋コーチは、生きているのを初めて見ました(と言うよりハモ本体を)。
顔つきがうなぎよりずっと悪役ですが、胴体はうなぎそっくりです(これだとカマスっぽいですね)。
ですから、見たところ小骨が多いようには見えません。
人もうなぎも見掛けで判断してはいけませんね。
タイアも交換したことだし、最近ロングランをしてなかったので、霧っぽい中を佐島まで出掛けました。
普段、本当にチョイ乗りしかしていなかったので、思ったより体力が落ちているようですぐに顎が出てしまい先が思いやられます。
霧っぽい故に、空気が粘りつく感じで蒸し暑いのも辛い。
とは言うものの、新品のタイヤのお陰か1時間弱で佐島近くまで到着。
少し時間があったので、何時も気になっていた「浄楽寺」に寄ってみました。
ここは、昨年民営化された郵政事業の生みの親とも言える「前島密」翁の墓所があると看板が表示されていたからです(30年以上前から知っていた)。
で、この件は別途書きましょう。
先を急ぎます(筆だけ)。
目指したのは、「佐島の蛸」です。
「明石の蛸」ほどは有名ではありませんが、佐島の蛸は美味しいと言われています。
道路を右折して、魚屋かねきを見てびっくり。
昨年までの温室がきちんとした建物に建て替わっています。
冷房無しを覚悟してましたが、ひんやり快適。
お目当ての「たこぶつ」のみを頼んで、そのぷりぷり感を堪能しました。
やっぱり、「蛸は佐島です!」。
NHKの朝ドラ「瞳」のポスターがあちこちに貼ってあり、多くの観光客が来ていることが予想されます。
私、居酒屋コーチはお昼を少し過ぎていたにも関わらず、月曜のせいで休みが多いのか、暖簾をくぐった店は結構混んでいました。
野郎一人でもんじゃも食べたくないので、お好み焼きを注文しました。
焼いてくれると言うので、お店の方に焼いて貰いました。
流石に「そば入り」メニューはないので、「豚天」という品です。
豚を別に焼いて、メリケン粉とキャベツ等が入った本体に載っけて、ひっくり返して出来上がりです。
粉がどの位入っていたか分かりませんが、広島焼きに比べるとお腹にドンときました。
たまには広島風も食べたいなぁ。
コース料理以外に、1Fのバルから、「豚の血と米入り腸詰」を注文しました。
これは食べなければいけないお奨めとのことです。
若干レバーのような風味がありますが、庶民的な美味しさでした。
私居酒屋コーチはレバが好きですから問題ありませんが、豚レバが食べられない方は厳しいかもしれません。
横浜市で一番高いと一般的に言われている山名にちなんでいます。
一般的にと言ったのは、国土地理院の地形図のよると「円海山」が153.3mに対し、その南方の尾根続きに156.8mの「大丸山」の方が高いにも関わらず、大丸山の名が地形図には記載されていないので、横浜市で高い山は「円海山」と言っているからです。
ちなみに、横浜市で一番高い地点は、「ランドマークタワー」の300m弱になります。
円海山と大丸山で高さ以外の景色で比較すると、円海山の方が若干勝っているように思えます。
高さで勝る大丸山も、山頂からの眺望は東方面に開けるのみで、金沢八景方面のみが見えるだけで(東京湾は見えますが)、見たいもののNo1である富士山は、樹木が茂って見えないのです。
円海山も山頂からは北側に横浜市街地、見通しの良いときは東京タワーも見渡せ、あれが何々、こっちが何々と楽しめます。
また、円海山を少し西の方に下ると、伊豆半島・相模湾・箱根・丹沢・富士山と見渡せる場所があり、透明度の高い今の時季は絶景です。
そこから振り返ってみると市街地・東京湾の方も臨めます。
こちら側は夜景も綺麗なので、もし大金があったら北側に大きな窓を持った大人向けの小さなレストランでも開いてみたいものです。
先日、練馬で「練馬大根」の収穫つまり引き抜き競争のニュースをやっていました。
練馬大根は、画像の「三浦大根」のように太くはありませんが、中太で畑から抜き難いことは間違いないようです。
もうかれこれ20年以上前ですが、練馬の農家の方に「大根は重い割りに価格が安いのでもう作らない」と聞いた覚えがあります。
その農家(年寄り)は軽くて収穫も楽なホウレンソウを栽培していたようです(最近はキャベツの作付け量が多いとの由)。
大根やキャベツは、梱包のダンボールに数本(個)しか入らずコストも掛かることも嫌われていたようです。
元々練馬大根は、水分が少なく筋っぽくタクアンとして消費されることが多かったので、当時は直径2mくらいある大きな樽が農家の庭に転がっていたものです。
タクアンでご飯を食べるのは幸せですが、塩分の取り過ぎになりかねないので消費が減り、練馬大根は殆ど作られないようになったようです。
画像の三浦大根も抜くのが大変なのと、味が辛いのが嫌われて作付け面積は減少しました。
少し根が張ったのですが、ブリと一緒に煮ると柔らかく甘くなり、とても美味しくいただけました。
大根おろしにすると、ふわふわっと柔らかくなり、辛さが秋刀魚にとても合いました。
「青首大根(抜きやすく・辛くない)」が嫌いなわけではありませんが、やっぱり美味しい大根は素敵ですね(女性の脚は…、ごめんなさい)。
日比谷に用があったので、新橋で昼飯を食べることになりました。
日曜のお昼ですから、地元の店はやっていません。
久し振りに牛丼でも食べたいと思って、みそ汁付きの「松屋」に入ろうとチケット販売機を見たところ、「アメリカ・カナダ産牛肉使用」と書いてあります。
吉牛は米国産の牛肉以外では牛丼を作らないと長らくメニューから外していましたが、松屋まで米国産を使い始めたとは知りませんでした。
今の日本で表示を信じることは難しいですが、はっきり書いてあるのはやはり避けたいのです。
BSEの心配というより米国の態度が気に入らないので食べたくないのです。
とうことで、やはりチェーン店のとんかつ「かつや」に入りました。
この店の豚肉がどこ産か書いてはありませんでしたが、約束の時間もあって妥協しました。
カツ丼とソースカツ丼どちらを選ぼうかと迷いましたが、今年はソースカツ丼に縁があるのでソースカツ丼を選択しました。
構造は、地上から近い順に、丼→ご飯→キャベツ→カツ→ソースという階層です。
カツをソースにドブ漬けするタイプではなく、単なるカツライスでした。
価格はカツ丼もソースカツ丼も同じですから、卵の入った分普通のカツ丼の方が栄養面からも正解だったように思います。
極普通に見られるアケビの実です。
少し早いのか果実が青み(紫)がかっていません。
子供の頃、採って食べてもちっとも甘くなかったので好きではありませんでした。
今回、本当に久し振りに口に含んでみたところ、結構甘いんで考えを改めました。
私居酒屋コーチの子供の頃は、ジュースやお菓子が今よりもずう~~~と甘い時代でしたから、アケビは甘く感じられなかったのだと思います。
現在は、甘さはかなり控えめな時代になりましたし、年齢を重ねたせいで微妙な甘さが理解できるようになったためと思います。
そう言えば、当時の袋入り砂糖は、大体10グラム入りだったと思います。
みんな、それをコーヒーや紅茶に全部入れて飲んでいましたから、甘いのが好まれていました。
それが、今や2グラムとか精々3グラム入りですもの。
日本人は、随分甘いのを好まなくなったものですね。
何れにせよ、アケビは甘くないとの観念を持ち続けなくて済んで良かったと思います。
夏に比べ確かに雲が高くなっています。
夕焼けが夕方の時間を真っ赤に染め上げてくれました。
もうすぐ、「ALWAYS 続・三丁目の夕日」が封切られます。
前作で、夕日が将来の希望を象徴として終わりましたが、今度はどんなストーリーが展開されるか楽しみです。
昨日、中国の将来を悲観するような記事を書きましたが、この映画の時代である昭和30~40年代の日本はどんどん成長しながらも誰しもが貧乏でしたが、夕焼けを見ながらも明日の幸せを信じて生きていました。
母親が仕立ててくれたシャツやズボンをはき、場合によっては兄弟や親類のお下がりを着て泥だらけになりながら、夕方になるまで外で遊んだものです。
道具など無くても自分たちで作ったり工夫したり楽しい日々でした。
夕焼けの到来につれられ家に帰ると、「カレー」の匂いがして、「今日はカレーだ!」と喜んで家に入ると匂いがしなくなり、カレーは隣りとわかってがっかりしたりしたものです。
夕焼けはカレーの匂いを連想させる情景でもあります。
某自動車ディーラーで貰った「三笠山」です(と言ってもわかっちゃいますけど)。
商品自体は、「株式会社文明堂(横浜文明堂)」の三笠山です。
文明堂と言えば、「♪カステラ一番、電話は2番、3時のおやつは文明堂♪」の歌で熊のマリオネットがカンカンダンスを踊るCMで有名です。
文明堂は「暖簾分け」された会社が多く、上記のCMは関東地方(東日本?)限定のようです。
大本は、日本の「カステラ」発祥地の長崎のお店だそうです。
確かに、長崎には文明堂のカステラがお土産で売られています。
長崎のお店から暖簾分けされて、各地に文明堂が存在するようです。
東京にある、「銀座文明堂」「新宿文明堂」「日本橋文明堂」は各々違う会社(法人)のようなのです。
どうやら、商品も若干会社によって異なっているみたいです。
暖簾分けですから当然と言えば当然の状況なのでしょうが、今の時代面白い現象ですよね。
同じような例として、「ひよこ(福岡と東京)」もありますね。
昨日、91年に月に行った衛星「ひてん」について話をしました。
その子衛星で、「横川駅の釜飯(当然、「おぎのや」ですが)」型の「はごろも」が「ひてん」より先に月の衛星になったことも書きました。
釜飯の釜という所以は画像のような格好をしているからです。
画像の左側のモーターケース(固体ロケットの推進系はモーターと言います)と書いてある部品が、格好・大きさともに釜にそっくりなのです。
材料は、ゴルフクラブの素材でご存知の方も多いと思いますが、「チタン6-4」と呼ばれる強度の高い金属です。
その中に「推進薬」という燃焼剤が充填されています。
右側の「ノズル」と呼ばれる内側に、「点火器」が仕込まれていて、この点火器に電気で火を点けて、推進役を燃焼させます。
推進薬の燃えたガスが、ノズルを通って外に(図では右方向)出て推進力になります(つまり、左へ飛んでいく)。
推進薬は3000℃以上で燃えるので、熱で0.5mmのモーターケースが溶けないように、内側に耐熱用のゴムを貼って防いでいます。
熱いコーヒーがチタン製カップで飲めるように、チタンは熱伝導が悪いので、溶ける時は一瞬なので、燃え切るまでケースに穴が開かないようにしないといけないのです。
ちなみに、銅製のカップで熱いコーヒーが飲めないのは、銅が熱伝導が高いからです。
ということで、仮に「はごろも」のモーターケースでご飯を炊いてもおそらく美味しく炊けないと思われます。
やっぱり厚めの熱のこもる金属で炊くのが美味しいのですよ、ご飯は。
閑話休題。
固体ロケットのモーターは、基本的にはこの形が基本になります。
まん丸のケースが長くなったり、材質が変わってり(カーボンとか鉄とかジュラルミンとか)、制御部品が装着されたりすることはありますが。
固体ロケットは基本的な構造が単純な分、それはそれで製造や制御に多大の技術やノウハウが求められます。
ですから、大型固体ロケットを実用化している国が少ないわけです(中国もできていません)。
固体ロケットを侮ってはいけませんよ。
新橋「烏森神社」裏?横?の通りにある「炉端焼き武蔵」で、「鰊」(♂)をいただきました。
鰊(ニシン)といえば、「カッチャン数の子ニシンの子」で♀の卵巣は重宝がられましたが、本体?・身も美味しい魚です。
秋刀魚や鯖に比べると脂が少なくボソボソした感じはしますが、逆にさっぱりした食感が私居酒屋コーチは好きです。
かつては、北海道で「鰊御殿」などという豪奢な館が建つほどいっぱい採れたようでした。
当時は、塩漬けの「数の子」や本体は乾した「身欠き鰊」などの保存食にして、庶民には大事な食材だったのです。
現在は、当時の「(鰊で)海が盛り上がる」にはほど遠いほどの漁獲高のようですが、流通システムの進歩で新鮮なものが美味しく食べられるようになました。
我が家でもよく食べます。
比較的安くて大きいのでお得感も十分です。
やや小骨が多いのがたまに傷ですが、食べてしまっても硬くはないので心配ありません。
ただ、先ほど言いましたが脂が少なくパサパサしているので、たっぷりの大根卸が必須です!
スダチかカボスあるいはポン酢をかけたヒタヒタの卸といっしょに食べましょう。
あぁ、書いていて唾が出てきました(ジュリュル~)。
豆も生っていますが、食べられないんでしょうね。
葛餅は葛の樹の根からでん粉を採って作るようです。
が、私居酒屋コーチは根っこもでん粉も見たことはありません。
子供にとって、葛は基本的に遊ぶ道具ではありませんでした。
山を切り崩した斜面に生えている場合なぞは、斜面を登る手がかりとしては利用したかもしれませんが、余り頼りになった覚えはありません。
逆に、折角の遊び場所に葛が蔓延ってしまうと遊び難くなるので邪魔でしかありません。
ですから、引っこ抜いたこともないので根っこがどんな風になっているかも知らないのです。
そういえば、今年はまだ葛餅を食べていないように思います。
冷やした固めの葛餅に黄粉とみつをたっぷり掛けて食べたいですね。
みつといえば、餡みつも食べたくなりました。
「榮太楼」の餡みつが食べたいなぁ。
神奈川の梨といえば川崎が有名ですが、小規模であれば各地にあるように思えます。
我が家のそばでも栽培しています。
JA横浜では、「浜なし」と言っているようです。
中身は「豊水」です。
歌「知床旅情」に出てくる「浜なす(ハマナス)」という赤い(白もある)花の咲くバラに似た樹があります。
このハマナスは、梨のような実がなるので浜梨が訛ってハマナスになったといわれています。
本当の梨をJAのように「浜なし」と呼ばれると、ハマナスの立場がなくなってしまいますね。
可哀相に。
さて、豊水ですが、甘くてみずみずしく美味しくいただきました。
8月の猛暑のお陰だそうです。
販売している農家の方の話ですと、今年は夜の温度が下がらない日が多かったので、葡萄の色づきが悪いそうです(紅葉と同じように寒暖の差が必要なのです)。
それも、葡萄の産地である甲府盆地でも同様で、赤系の葡萄の房が赤くならずに困っているとのこと。
要するに、赤ワインに色がつかなくなってしまうということです。
甘さがあっても赤くないと商品性としては拙いですよね。
温暖化はワインにも悪影響を及ぼしているわけです。
どうせならということで、富岡製糸場のそばの宿をとりました。
歩いて1分という立地の、明治初期創業という和風旅館です。
夕飯は富岡在住のO君と食べるため、朝食のみの泊まりです。
昼間はあんな?に見学客がいたのに夜の街には人がいません。
製糸場を見学に来ていた方の多くは日帰り客だったようです。
富岡は、今年世界遺産になった「石見銀山」とは違いアクセスは良好ですから、ちょっとやそっとの観光客の入りでは混乱を来たすようなことはないでしょうが、製糸場だけで宿泊させるには物足りないかもしれません。
上信越自動車道のICからもすぐという、足の便が良過ぎるということもあるかもしれません。
1時間単位で滞留時間を長くしてもらうような手を地道に打っていくことです。
焦って、折角の街の雰囲気を壊すようなことをしてしまったら全く意味がありません。
ともかく世界遺産なのですから、関わりの深いフランス人を始め外国人に「来て好かった」と思って帰ってもらうおもてなしをすることが肝要です。
焦ってはいけませんよ、観光協会さん!
「5oceans」で2位になった白石「何がし」と同じ名前の店で、蒟蒻(下仁田?)料理など食べながら呑み、2軒目に「○○ミング」で久し振りに歌って夜も更けました。
好い気持ちで旅館に戻り、シャワーを浴びてウトウトしたと思ったらもう朝です。
何となく外が薄暗いなと痛い頭を叩きながら外を見ると雨が降っています。
漸くあの暑さから開放されそうですが、北軽の天気も気になります。
でも、まずは腹ごしらえです。
朝飯は、卵かけご飯に加えこの店の名物「和風絹しゅうまい」が出てきました。
絹のような滑らかな食感で確かに美味しいのですが、「崎陽軒」のが標準と思っている人間にとってはちょっと物足りない感じです。
絹糸の製糸工場にあやかった絹のコンセプトは○です。
携帯をもっていかず画像を残せなかったのが残念でした。
どうしても気になる方はこちらをご覧ください。
北軽井沢で18日午前中から用があるので、前日から出かけました。
関越道は使わずに、R16から秩父山地の東側の山すそにある県道と三桁国道を使って北に向かいました。
つまり、JR横浜線と八高線とほぼ同じような地域を通っていくことになります。
八王子を抜けるのに苦労しましたが、それ以降はローカル道で渋滞もなく快適に北上しました。
ただ、前日、日本の最高気温の更新がありましたが、この日も暑くクルマから出る気になれないほどです。
ほぼ予定通りお昼頃に、寄居町に入りました。
寄居は、八高線・東武東上線・秩父鉄道の3線が乗り入れるターミナル駅です。
市街地の南を埼玉県の川、「荒川」が流れています。
川辺でタープを張ってBBQなどをやっている家族やグループが、「鉢形城址」から涼しそうに見えます。
でも、寄居は最高気温を更新した熊谷からさして遠くありませんから、川面に風が無ければかなり暑いはずです。
お昼は、ネットでみつけたソースカツ丼の店に入りました。
駅からすぐの「今井屋」さんです。
時間はもうすぐ1時というのに、店内に4組5人、お持ち帰り(弁当の需要も多いとのこと)客もいます。
やっぱり隠れた名店のようです。
画像が皆んなが注文している750円のかつ丼です。
ご飯の上にソースに漬けたカツが2枚載っていて、キャベツはありません。
脂っこさに負けないかなと心配しましたが(何せ暑くて食欲も落ち気味ですから)、豚肉の脂身の少なさと揚げ油の油切りが十分のようで、キャベツなしでも十分OKです。
ソースを更にかけているのかご飯にもソースが適度に沁みていてご飯の最後まで味が沁みていて最高でした。
そうです、丼はご飯がなくなったら汁・タレの類は丼の底に残ってはいけないのです(汁だくなぞ言語道断!)。
腹も一杯になったので、町も観光したかったのですが、とても暑くて歩く気になれません…。
昨日ほどではありませんが、漸く過ごしやすくなってきました(少なくともこの辺りは)。
ここのところ、気象庁の予報と違うとんでもなく暑い日が多いのですが、風が強い日が多いようにも思います。
そのため去年よりも室内は過ごしやすいです。
この日も相模湾には、6~7mくらい気持ち好い風が吹いていて快適なクルージングでした。
そうです、普段と違う艇に乗りました。
風があっても波やうねりがないので、6ノット程度でフラットにJ24は走ります。
それでも、日射は強いので水分は幾らでも欲しくなります。
汗は風で乾燥されるのでそれなりに水分が消費されているのです。
水分のなくなったので早めにマリーナに戻ります。
風呂に入る前に、「かねき」に行って腹ごしらえです。
この店は、かつてあった知る人ぞ知る「かねき鮨」マスターの弟さんがやっています。
本業は魚屋さん。
その日に揚がった新鮮な売り物の魚を選んで、冷房のないあずまやで食べる店です。
この日の暑さは、扇風機2台ではとっても凌げません。
風があるにも拘わらず、窓が風の来る方向にないので、暖まった空気を扇風機で掻き回しているだけで、快適の文字からは程遠い感覚です。
さて、今日のメインは揚がったばかりの「鰹」です。
まずは刺身でいただきますが、新鮮過ぎて肉がプリップリ!しています。
歯で噛み切れないくらいの腰?です。
生まれて初めてこんな美味しい鰹を食べました!
これでは鮨ネタにはなりません。
シャリと全く異質の食感になってしまい調和がとれません(固い硬いタコの握りのようになってしまいます)。
それでも、そのプリプリ感がとても気持ちよく臭みも全くなく、生姜も必要ないくらいです。
中落ちはステーキと味噌汁でいただきました。
漁港が後ろに控えるここならではの楽しみです。
新島に入る前に、ジェットフォイルのように?「式根島・吹の江」に寄りました。
北向きの小さな天然の入り江です。
人工的な構造物は、舫い用のコンクリート杭2本以外全くありません。
アンカーを打って、舫い綱を持って泳いでいって杭と舳を繋ぎます。
ご覧のようにこの辺りまで来ると海の透明度が高いので、所謂エメラルドグリーンに輝いています。
水に入った瞬間は少し冷たいですが気持ち好いです。
入り江に停泊していると海底がよく見えるので水に浮いているというより、宙に浮いているような感じにも思えます。
ちなみに、黒潮の透明度は30m以上と言われています。
マスクをつけて海中を覗いてみると、真っ青の小さな魚が群れを成してとっても綺麗でした。
南の島のような雰囲気に中で、日本的なソーメンを楽しながらノンビリします。
波浮から新島に向かう途中、「利島」と「鵜渡根島」の間で「シイラ」がヒットしました。
ご覧の通り、かなりの大物です。
シイラは大きくて、引きが強くて面白いというので、トローリングの獲物として人気があるそうです。
画像でもわかりますが、ちょっと不気味な色をしています。
金色というか碧というか表現し難い色です。
船の上に揚げるとみるみるうちに色が変化して、ただの碧っぽい魚になります。
脂が少なく匂いがありますので、パサパサしてお世辞にも美味しいとは言えません。
これだけ大きいと夕飯がシイラ尽くしになると思うと、更にその色がおぞましく見えてきます。
タモ網を持っていないので、テグスを掴んでライフラインを越えて船内に投げ入れなければなりません。
今回は私居酒屋コーチでなく、N氏が揚げます。
手袋をしてぐっと引き上げ、ほぼ魚体が水面に出たと思った瞬間にテグスが切れました。
魚の重さにテグスが耐え切れなったようです。
つまり、逃げられたのです。
長さにして1m程度でしょうか、これまでの経験で一番大きかったように思えます。
でも、逃げられた瞬間正直いってホッとしました。
そうです、夕飯がシイラだらけにならずに済んだからです。
N氏によるとテグスを掴んで魚を確認すれば釣り上げたことになるそうで、一応キャッチ&リリースになるのでしょうか。
しかし、大きな針を銜えたままのシイラはどうなるのでしょう?
魚にとって針は痛くないとも聞きますがさて?
ちなみに、この日はこの前に40センチくらいのをリリースし、この後すぐにテグスが切られるというやはり大物(シイラらしい。魚体見られず)の計3匹がヒットしました。
本当は「鯖」か「カツオ」を期待していたのですが、残念ながら当たりは多くありませんでした。
午前中は竹を切り出しご馳走を盛る皿を作ります。
いよいよ木陰で暑気払いです。
台風一過の余波で南風が吹き抜け、ミズキの木陰のテーブルはとても涼しいオープンカフェ。
全く盛夏とは思えず、木陰や風の恵みの素晴らしさを身体で受け止めます。
「越の寒梅」や焼酎・ワインや餃子・ソーメン等の差し入れが盛り沢山。
葉っぱのお皿に載せて戴きましょう。
美味しい料理に素敵な自然環境、言い尽くせない贅沢です。
とても食べ切れそうにないなぁの予想通り、おなか一杯です。
余った食べ物は協力し合って「お持ち帰り」。
森のバランティアが食べ物を無駄にするわけにはいきませんから。
帰り道、たっぷり残る照り返しを歩きながら、木陰の与えてくれる素晴らしさに浸れる幸せに嬉しい私居酒屋コーチでした。
ガラス写りこんだ照明が、恰も六本木ヒルズのように写りました。
しかし凄い建物群ですね。
立錐の余地も無いというのはこういう状況を指すのでしょう。
それでも、まだまだ狭い土地を掻き集めて大きな建物を作ろうとしています。
密集度は高まるばかりです。
先日の「中越沖地震」のような規模の地震が起き、何処かで火災が発生したら類焼は免れないですね。
大正12年の関東大震災で10万以上、東京大空襲でやはり10万以上と言われる死者の多くは焼死と言われています。
阪神淡路大地震でも同様でした。
この密集度は阪神の比ではありませんから、火事の発生は想像もつかない大災害に結びつくことは間違いありません。
殆ど広い場所がありませんので、逃げようがありませんから火に煽られてしまいます。
関東大震災でも火事場風が起き、熱風が吹きまくり、広場に集まっていた避難民を襲い焼死させました。
火が出たらもお仕舞いなのです。
都市ガスは地震で自動的に消えると言われていますが、火は必ずしもガスのあるところとは限りません。
タバコもありますし、東電柏崎刈羽原発のように電気のショートもあります。
見つけたら小さなうちにともかく消すしかありません!
ともかく火に気をつけるしかないとは思いながらも、この風景を見て怖くなった恵比寿ガーデンプレイス38階でした。
4月18日の「揚羽屋」のものと異なり、至極普通なソースカツ丼です。
揚羽屋のは、揚げたて熱々のカツをソースにどっぷり漬けるという大技で、ソースの湯気がのぼるカツをドドンとご飯の上に載せた作品でした(脂が抜け切れていないのとキャベツがないので最後は脂に負ける)。
こちらは、地面から近い順に、丼→ご飯→キャベツ→カツ→ソースという構成です。
カツの脂切りが若干足りないので脂っこさに喉が負けそうですが、キャベツが何とか消火してくれます。
まぁ値段相応というところでしょうか。
こうして比べてみると、また食べたいと言うのはソースの湯船に漬かったカツの方を食べたくなります。
昨日、味が濃いだけではダメだと書きましたが、ソース味は別ものと私居酒屋コーチの舌は考えているようです(ソースは様々な種類の野菜から出来てはいますが)。
とっても好い加減なものです。
発売2日で100万食が食べられたというから偉大です。
ということは今日まで何食が胃の中に納まったのでしょうか?
想像するだけでメタボりそうです…。
何せこれ一つで903キロカロリー!
成人男子のサラリーマンですと一日のカロリー必要量は、2000~2500キロカロリー程度です。
メガテリヤキにシェイク(S)200数十キロカロリーで1100キロカロリーですから、一日の必要量の半分を摂ってしまうのですから恐ろしい。
メタボはさておき、味ですが、正直言って、私居酒屋コーチには味が濃すぎて、「もう好いや」という感じです。
肉に絡まったテリヤキソースが重すぎて駄目です。
この傾向は、モスの「テリヤキバーガー」でも同じです。
居酒屋コーチは決して薄味が好きなわけではないのですが、あの単純な甘辛は口に合いません。
しかし、マックのアンケート結果によると、「メガマック」よりも「メガテリヤキ」の方が人気があったとの由。
アンケートには年齢で切った結果はないのでわかりませんが、マックの主たる購買層である若年層には、あの単純な味の濃さが好かれるようです。
人は、成長するにしたがって、「辛い(わさび等の)」「苦い」ものが食べられるようになり、最後は「渋い」に到るといいます(渋いワインが美味しく飲むには歳をとらないといけないのです)。
ですから、歳を経ると単なる甘さと塩辛さだけでは、満足できなくなるのです。
でも冷静に考えてみましょう。
2日で100万食も食べる若者は、日本には最早いないはずです。
と言うことは、結構好い大人が食べていると言うこと!
怖いものみたさ(私もですが)で食べているんだよねと信じたい居酒屋コーチでした。
年配者にとって、1リットルの重い紙パックを持って帰るのが大変ということと、飲み切れずに余らしてしまうことも少なくないからだそうです。
その点、宅配は毎朝(最近はこれも臨機応変らしいです)、新鮮な飲み切りサイズの牛乳が届くのは無駄がなく便利で環境(ビンはリサイクル)にも優しいのだそうです。
ただ昔と違うのが、量が1合(180cc)から200ccにちょっと大きくなり、蓋が樹脂になって異物の混入がされ難い安全性の高いものが多くなりました。
ところが、ここの牛乳は昔ながらの牛乳蓋を使っています。
そうです、紙製の蓋です。
子供の頃はこれを集めてコレクションにしたものでした。
乳牛メーカーの違い・種類の違いなど、人より違うのをたくさん持っている子がヒーローだったのです。
紙製の蓋は、キリ状の栓抜きで突き刺して取るか、爪で端をちょちょっと引っ掻いてつまんで取りました。
ところが画像の牛乳屋さんのは、つまみが付いていて栓抜きも引っ掻くことも無用です。
二本指をちゅっとすぼめて掴めば簡単に栓がお茶の子で取れるのです。
こんなこと昔でも十分に出来たはずですが、見たことはありませんでした。
配達する牛乳屋さんが栓抜きをサービスで持ってくるのが当たり前に思われていた時代ですので、何も不便と思わなかったからなのでしょう。
お客さまのニーズというのは本当に変わっていくものです。
さて、牛乳と言えば酪農、と言えばニュージーランド(羊が多いですが)!
アメリカズカップ第4戦は、スタートから有利な風に立ったスイスがNZに一度も先行を許すことなく勝ってしまいました。
これで2勝2敗のタイスコアです。
今日はレイデイでお休みで、明日から3連戦が始まり、早ければ日曜に勝者が決まります。
スイスも圧倒的にNZより速いという感じではないのですが、NZはどうも劣勢に立たされる時間が多いようです。
カップ戦のNZは、挑戦艇決定シリーズ「ルイビトン・カップ」ファイナルでの戦いぶりのような豪胆さがみられないように思えます。
NZ艇のスキッパー「ディーン・バーカー」に、まだスイスに対する劣等感が残っているのでしょうか?
第1戦同様のスタートでしたが、最初のレグでアリンギに抜かれ、だんだんと差がつき、第2レグの途中までHPの実況を聞いて(英語なので殆ど分からないのですが)、コメントを見ていたのですが、これは今日も厳しいなと思って風呂に入ってしまいました。
お風呂から出て再びHPを立ち上げてみると、第3レグでKiwiがリードしています!
コメントを見てもどうして逆転したのか書いてないので、訳もわからず「頑張れ!」のコールを発していました。
今日になってコメントやらを見ていると、どうやら風(やはり左海面)を上手く掴み、タッキングを避けて弱風での艇のスピードの速さに賭けたようです。
これで1勝1敗のイーブン(スクエア)にして、レイデイを迎えることになりました。
Kiwiにとっては、2敗で休むのとは全く気分的には違うでしょうから、明日からの3戦以降は高いモチベーションで戦えることになるでしょう。
予算の少ないKiwiを応援する私居酒屋コーチにとっても楽しみが大きくなりました。
さて、今日の画像は「こうぞ」の実です。
和紙にする「こうぞ・三椏(みつまた)」のこうぞです。
実は居酒屋コーチは「木苺」だと思っていました。
実は本当によく似ています。
でも、こうぞは桑の仲間で、木苺はバラの仲間だそうです。
ですから、木苺には棘があるそうです(こうぞにはありません)。
そういえば、子供の頃に食べた樹は棘があったような気もします…。
何れにせよ、こうぞの実も食べられます(甘く、桑よりずっと美味しい)。
焼酎に漬けると甘い果実酒が出来そうです。
梅雨入りしてからしばらく晴れ続きでしたが、ついに降り始めました。
おまけに風も強く梅雨末期みたいな天気です。
雨が降らないと夏場の渇水が心配になりますので仕方ありませんね(神奈川は4つのダム合計の貯水率88%のようですが)。
この時季は梅雨のない北海道がお奨めですね。
春と夏の花が一斉に咲くくらいにたくさんの花が咲いて奇麗です。
ここ旭川にも、嫌われモノのニセアカシアもたくさんあります。
そして、昼間の時間も長く観光にもグルメにももってこいです。
お昼に醤油系ラーメンを2~3店で食べて、お腹が空いてくるのを待っても、まだ明るい街に繰り出せます。
夕暮れの迫る繁華街を歩いて、美味しそうな店を探すのは楽しいものです。
とっぷりと暮れてしまうと何となく焦ってしまうので。
この時の旭川では、「厚岸の牡蠣」を食べました。
どうやらサロマの牡蠣も夏でも食べられるらしいのですが、厚岸にしてみました。
店主曰く「何も付けないで食べるのが美味いっしょ」とのことで、何も付けず牡蠣自体の塩分だけで食べます。
プリプリとした大きな身を口の入れるとミルクと言われるエキスが口中に拡がります。
磯臭さがふっと鼻腔に漂い、後悔にも似た次の欲求が込み上げてきます。
その中途半端な感覚を、日本酒「男山」を口にして完成品にする瞬間が幸せの絶頂と言えます。
単独では味わえないコラボレーション。
これが出来るのは日本酒しかありません。
あぁ北海道に行きたくなってきました…。
金目川を渡り大磯町に入ると、国道1号線は再び上下一車線のローカル道に戻ります。
湘南平を右手に見ながら、大磯駅入口交差点を過ぎる辺りからでしょうか、注意しながら走ると、小田原辺りまで国道沿いに鰻屋さんの多いことに気づきます。
そんなことも感じていたので、そのうちの一軒「うな政」に入ってみました。
普通の店構えの普通の鰻屋さんです。
少しお昼時間も回っていたこともあってか、お客さんは私たちのほかに4人組だけ。
大磯署の斜向かいですから、その関係の方も来るのでしょうが、この日はいません。
席につきふと壁を眺めると、JR東日本横浜支社?の作成したポスターが貼ってあり、
「総理の住んだ町・大磯」とあります。
そのポスターによりますと、伊藤博文・山縣有朋・大隈重信・・・吉田茂の名が挙がっています。
とはいうものの、現役の総理大臣で住んでいたのは、吉田茂だけだと思います。
そのために、戸塚の「ワンマン道路」は出来たのですから!
さて、大磯から小田原にかけて鰻屋が多いのは、ここにヒントがあるように感じました。
大磯から小田原にかけては別荘が多く、お金に余裕のある方々が鰻を食したのではないでしょうか。
現在こそ、何処にでもお寿司屋さんはありますが、昭和の40年代までは新鮮なネタの確保しにくい(冷凍技術や輸送法が今一歩)環境では、鰻屋を商いとし易かったのではないでしょうか(歯の弱った方も少なくないということも?)。
実は、この店でも鰻屋さんの多いことについて訊いたのですが、「前にもそんなことを訊かれました」と言われるだけで、答えは得られませんでした。
うんちくを一杯聞かされるより、商売っ気のないのも、大らかで気に入りました。
でも、鰻屋が多いのは気になるので、ノンビリと解明していきたいと思います。
また、鰻重に鰻を横に置くか縦に置くかという、鰻の置き方についても新たに疑問が湧いてしまいました(7日記事の画像を参考に)。
ところで、別荘で思い出したのですが、松並木脇の中華料理「滄浪閣」が廃業していました。
滄浪閣は伊藤博文の別荘跡で、かのプリンスホテルが経営していました。
大磯ロングビーチに併設された大磯プリンスホテルの別館だったようですが、経営的にはとても好立地とは言えず、政財界に顔が利かなくなった今では、とても算が合わないのでしょう。
バブルの頃だと思いますが、グロテスクな巨大な建物が残り少なくなった東海道の松並木の脇にあるのは目障りです。
早く取り壊してもらいたいものです。
ルイビトンカップ(LV杯)・ファイナルは第5戦で終了しました。
ということで、ニュージーランド艇のLV杯優勝です(5勝0敗)。
レースは、スタートから暫くはイタリア艇がリードをしていたものの、ボートスピードに優るNZ艇に追い抜かれそのままという結果になりました。
それでも、4レグのうち第1レグで20秒差をつけられましたが、ほかのレグではほぼ対等の走りをしていました。
勝負を捨てずに頑張ったイタリア艇には、是非拍手をしてあげましょう。
しかし、イタリア艇にはセミファイナルで米国艇に5勝1敗で勝ち抜いた強さは感じられませんでした。
逆に、セミファイナルでさほど強くない?スペイン艇に2敗したNZ艇に、急に強くなった感がありました。
まるで、対スペイン第7戦での強風下でのレースで吹っ切れたみたいでした。
2003年のオークランドは強風に悩まされましたから。
若きディーン・バーカー艇長の成長とみるべきでしょう。
ということで、6月23日からのアメリカズカップ本戦は、防衛艇「アリンギ・スイス艇」対挑戦艇「エミレイツ・NZ艇」という、2003年のリベンジ戦になります。
2003年には、0勝5敗という誰しもが予想しなかった大敗(マストまで折るトラブル続き)を帰したバーカーでしたが、今回は何としてもアメリカ杯を取り戻したいという気持ちで一杯だと思われます。
残念なのは、スイス艇の艇長がラッセル・クーツ(Kiwi)でないのが残念です。
アメリカ杯無敗(NZ艇で米国から奪取し、2000年無敗で防衛、03年はアリンギで奪取。NZを捨てた?男)のクーツとガチンコ勝負を見たかったものです。
ところで、祝勝と言えば「寿司」や「鰻」と相場は決まって?いますが、久しぶりに「鰻重」を頂きました。
金沢八景の老舗「鰻松」の鰻重です。
やはり、お店で熱々の鰻を食べるのは醍醐味があります。
私居酒屋コーチは、寿司か鰻かと問われれば、絶対に鰻と答えます。
鰻は如何にも手をかけた料理というところも好きです。
ただ、お酒といっしょに食べるには向かないので、案外食べる機会が少ないのが恨みですね(脂も多いのですし)。
Kiwi(NZ)対スペイン → Kiwi
イタリア対米国 → イタリア
Kiwi・イタリアともにマッチポイントを握りました。
両レースともに勝者の圧勝という状況でした。
米国はマニューバリング(レース前駆け引き)で、接触ペナリティーを受けました。
クリス・ディクソン(米国。旧ニッポンチャレンジ艇のスキッパー)にとって、散々なシリーズになっています。
ラウンドロビン2で中国艇に負けたのが運のつきでしょうか?
スペイン・米国ともに今日のレースが本当の正念場です。
さて、ACボート(アメリカズカップ艇)の構造について、32’nd ACホームページに、「ACCサンドイッチ」という記述がありましたので、ちょっと薀蓄(うんちく)を。
ACボートは、世間のヨットと同じプラスチック構造ですが、材料は高価なCFRP製です。
CFRPとは、炭素繊維(カーボンファイバー)強化プラスチックの略です。
炭素繊維で織られた布(実際には樹脂を浸み込ませたもの。プリプレグ)を、まず型に貼ります。
その上に「フィルム接着剤(画像の赤いモノ)」を貼り、その上に「アルミハニカム(アルミ製の蜂の巣状の板。画像は、ノーメックス製)」を置き、またフィルム接着剤を貼ります。
そして最後に、カーボンプリプレグを貼りつけます。
そうやって出来上がったサンドイッチを、180℃でコンガリと焼き上げます(元々黒いですが)。
焼くとは、熱をかけて樹脂を硬化させ、カチカチのCFRPにすることを言います。
サンドイッチと言っても、ベイクドサンドですね。
実際には、その工法によって、より軽量により強化することが出来ますが、作業者やノウハウによって出来上がりの品質には大きな差が出来ます。
そんなこともあって、過去にはマストが折れたり、船体が折れたりするようなトラブルも起きました。
まぁそんなことより、船の性能を信じて、正々堂々と駆け引きしながらマッチポイントレースを戦って欲しいものです(ライブで観戦出来ないのが寂しい…)。
ルイビトンカップ準決勝第2戦は、次のような結果になりました。
NZ 対 スペイン → NZ :NZの2勝。
イタリア 対 米国 → 米国 :米国の1勝1敗。
スペインは下り(風を背中から受けて走る)が速いようですが、上り(風に向って斜めに走る)が遅いようです。
米国は最後の最後で逆転で、下りが速いようです。
さて、アメリカズカップのルイビトンカップの状況はこの程度にして、「たった四杯で夜も眠れず」と黒船が来航した浦賀まで行ったのですから(「日本丸」「海王丸」を見に)、横須賀で「海軍カレー」を食べることにします。
「カレーの街・横須賀」で売り出しているのですから、歩き(走り)回ればすぐに食べられると高をくくって探します。
ところが、全然それらしき店がみつかりません。
カレー屋さん自体が殆ど見当たらないのです。
中央駅のそばに「カレーのリオ」がありましたが、リオでは海軍カレーじゃありません(リオは横浜駅で昔から有名な店ですから)。
駅に行けば観光客用のパンフレットが置いてあるだろうと探したところ、確かにパンフの入っているべき箱のみがあり肝心なものがありません。
仕方無しにもう一回眼を皿にして探してもみつかりません。
お腹は空く一方なので、最後の手段として交番に入ってみます。
そうして、交番から100mもない「YYポート横須賀」という横須賀市がやっている店を紹介してもらいます。
お巡りさんの話し方では、海軍カレーはこの店でしか食べられないような言い方でした。
「カレーの街」と言っても「海軍カレー」が何処にでもあるというほどには、まだ広まっていない感じでした。
ようやくありつけたのが画像の「海軍カレー ビーフ」です。
もっと庶民的なカレーをイメージしていた私居酒屋コーチでしたが、出てきたものはご覧の通り本格?カレーでした。
居酒屋コーチの庶民的とは、もっとウコンの色の黄色っぽくグリーンピースが都会の星のようにまばらに散っているようなカレーです。
築地の場内食堂のいわゆる「ライスカレー」のイメージです。
それに比べると立派過ぎます。
確かに海軍は陸軍に比べハイカラ?なので、本格派なのでしょう?
牛乳が付いているのは、船内での脚気予防のために作られたという海軍カレーには、栄養がキーワードなので当然なのです。
味はそれなり(値段なり)でしたので特にコメントはしませんが、もう少し辛いのが居酒屋コーチは好きです。
それでも、海軍のイメージを食せたことは楽しいひと時でした。
何れは、「海軍肉じゃが」を食べないと。
でも、本家は呉なの舞鶴なの?
畝を一斗缶を被せて日陰にしてみました。
ここのところ暖っかかったので、被せて2日くらいでこんなに立派なのが採れました。
当たり前ですがホワイトの方が青臭さがなく、アスパラ本来?の味が前面に出た美味しさになります。
ただ思ったより筋っぽく缶詰のように「ふにゅ」っとしてはいません。
うんと煮込めば好いのでしょうが、それでは新鮮さがなくなってしますのでジレンマです。
所詮、家庭菜園ですからそのままらしさを楽しむことにしましょう。
気をつけておきたいのは、土を被せていないので、ナメクジとタマムシ(ダンゴムシ?)が入り込むので土との接触面は隙間なくしておき、夕方辺りに缶をはずして確認しておきましょう。
最近、開店した「味奈登庵○○店(中区山下町の支店のようですが、○○店が分かりません)」で、名物?の「富士山もり」に挑戦しました。
ほかのメニューもボリューム一杯の当店ですが、この「もり」は富士山の名に相応しい神々しいお姿です。
画像のように「富士山」はやはり日本一?の高さです。
実際に目の前にして「勇んで注文したけど、やっぱり止めておけば良かったかな…」という気持ちがどっと沸いてきます。
次に回りのお客さんの、「あの人、食べ切れるのかな?」という視線がピリピリと気になってきます(見ていなくともそう思えてきます)。
箸を富士山の頂上に差し込んで、ぐぁばっとたくさん箸にとります。
そうすると、実際の富士山の大沢崩れのように蕎麦がツルツルと山裾に向って落ちていきます。
それほど、角度も急に盛り上げてあるのです。
ゆっくり味わって食べると満腹中枢を刺激するので、急いで食べ続ける作戦です。
ですから、油分のある天麩羅などのトッピングは当然無しです(「椀子そば」でも、具は食べないことが秘訣と聞いてますので)。
ともかく多めに蕎麦を掻き取り、お汁に付けツルツルと食べ続けるのみです。
3回4回と取って食べてもちっとも減らず、士気まで食べてる気分です。
「椀子そばは70杯喰えたぞ!」という気持ち(うん十年前の自信?)で自分を奮い立てながら、頑張ります。
これでも、お隣のおじさん(僕もか…)が食べてる「大もり」よりまだいっぱいあり蒲田辺りです。
やっぱり周囲の目が気になりますが、平然とした顔の振りをしてお茶を啜ります。
幸いまだお腹は張ってもいないので(ゲップも出ません)、完食出来る自信も半分は残っています。
そのまんま東を向いて(いや西でした)、ひたすら食べ続けます。
食べ始めて11分経過、いよいよあと3口程度になってきました。
もう食べ切れると思うとようやく味わいたくなってきました。
別にあとから誰も追いかけてくるわけでもないので、ゴールを楽しもうと残りをゆっくり味わいました。
「蕎麦湯」を貰いに行きながら、店員にどの位の量なのか聞いたところ5人前とのことでした。
「確かに!」と思わず頷いてしまいました、食べても食べても減らないわけです。
しかし、思ったよりもお腹も張らず普通に自転車に乗って帰れましたが、流石に普段よりお腹が減るまで時間が掛かったのは当然でした。
もちろん暫くは蕎麦は食べたくないですけどね…。
前日から切り上がった南風が朝になっても収まらず、通り雨まで降ってきました。
元々、湯河原までポタリングして輪行で帰って来る予定でしたが、西に行き南に行くほど雨模様のようなので、残念ですが大磯まで行って、美味いものでも食べて帰ることにしました。
走り出すと思った以上の強風で、殆ど息継ぎのない10数mの風と戦うのは至難の業です。
こんな状況では、湘南港も出向禁止だろうなと考えていると、ディンギーのハリヤードがマストに当たり「カラカラ」と音を立て、フォアステーとサイドステーから「ヒューヒュー」と咽び泣く声が頭に浮かんできました。
晩秋に、北よりの風がこんなような音や声をさせるようになると凄~く胸寂しくなります。
とっても一人でいるのが辛く重く思え、人恋しくなったものでした。
春の南風ではそんなことはないですけどね。
そんな感じですから、狙っていた「生しらす」は当然お預けになりました。
この風では出漁は出来ませんから。
それでも、まだ12時前と言うのに、ここ「あさまる」は店の前でお客さまが待っていて大繁盛です。
その上を店の名前の入った幟がバタバタと風に舞っています。
そんな訳で、「しらす薩摩揚」と「しらす天丼」を頼みました。
ご覧の通り、丼に薄く揚げたしらすの天麩羅がズラズラっとテンコ盛りに載っています。
思わず、唾が出てニコッとしてしまい、闘争心が掻き立てられました。
サクサクと揚がった天麩羅は思った以上にしらすの味が濃いもので、ドンドン唾が出てきます。
ただ、察しの良い読者ならお分かりでしょうが、しらすは元来小さいので天麩羅はメリケン粉と油の固まりに外なりません。
2枚3枚と食べ進むうちに流石に油に負け始め、御御御付けと柴漬けで中和しながら何とか完食しました。
闘争心もすっかり冷め、お茶で胃を慰めながら、やっぱり若くないなぁと敗北感まで漂いました。
若くても油の採り過ぎは厳禁ですけどね。
それでも、もう今年初めての「生しらす」を何時食べようかなと考えている居酒屋コーチでした。
4月の中旬も過ぎ5月の連休前になると、ボチボチ今年度の事業計画(予算)達成のためのタスクが現場レベルに下りてきます。
営業部員であれば、売上高や獲得件数を必達するための方策を考え、年度計画を月次計画に落とし込んだのではないでしょうか。
そして上司と面談をして、個人の年度計画として握ることになります。
この上司面談で個人計画について話合っているうちに、「この計画達成のためにこの上司は自分を奮い立ててくれそうだから、いっちょ過達を目指してみるか!」と感じたり、「やっぱり上司の協力は期待出来そうもないな。一人孤独でやってみるか…」と意気消沈したりします。
前者の場合は、上司がその個人計画を承認(認め)し上司と部下とのチームワークでどうやって取り組むか相互に理解しあったケースだと思います。
逆に後者は、個人計画の内容などともかく、上司が結果だけを期待する話し合いに終わったようなケースでしょう(酷い場合は、計画を否定し上司が指示ばかりなぞというようなことも)。
上司は全ての現場で判断を下すことは出来ませんので、部下が第一線での判断・決断を繰り返し、商談を進めていきます。
孤独で厳しい商談を、部下は上司に任されているなと感じながらお客さまと交渉を続けます。
この「任されているな」という精神的つながりが正しくチームワークです。
一つの仕事を一人でなく複数の人間で消化するのがチームワークですが、細分化された部分を責任持ってこなすのは結局個人です。
それでも孤独感に苛まれずにいられるのは、精神的なつながり感があるからです。
このつながり感を醸成するのが、お互いを認め合う(承認する)ことです。
情報や進捗状況などを共有することに加えインフォーマルな付き合いが、チームワークの醸成には欠かせないのはそのためです(ホーソン実験)。
昨今は成果主義が蔓延り、個人目標の達成のために、自分以外は全てライバルのような雰囲気があります。
加えて、バーチャルな世界で楽しみ癒されてきた若者も多いので、生身の人とひととの本音を出し合うような接し方に慣れてないようです。
つまりインフォーマルな関係が弱い状況で、一人目標やストレスと戦うことになり疲弊していきます。
ですから、成果が上がらないことも少なくないのです…。
さて、そんなせいか知りませんが、冷えびえとした昨晩の野毛の町も閑散としていました(連休前で給料前でもありますが)。
如何にもいかにも昭和風の店構えの「若竹」に入ってみました。
壁にくくり付けの小さなちいさなテーブルに丸椅子二つのところに座り、焼き鳥をお任せで頼みます。
「つくね」「皮」「しろ」「はつ」「手羽先」「砂肝」をビールと熱燗で楽しみました。
やはり昭和した女将から、「これサービスね」と出てきたのが、画像の「鳥のホーデン(キンタマ)」です。
私居酒屋コーチは初めて食べました。
第一、鳥にキンタマがあるなんて考えたこともありません。
通常より細い櫛に20数個刺さっています。
一人二櫛でしたので20数匹分です(鳥も一匹に2個ならばですが)。
流石に小さいので、ホクホクとした感覚はあるのですが、味は癖もなく歯応えも特に特徴的ではなく美味しい云々言えるものではありませんでした。
しかしながら、20数匹分を一挙に食べたと思うと何とも言えぬ感動があります。
ちなみに精力は沸いてきませんでした。
それにしても、あんな小さいものを取り出す手間は大変なものでしょう。
ですから、珍味であることは100%間違いありません。
会話と焼き鳥と珍味を堪能し、おまけに鶉の卵入り鳥ガラスープを2杯飲んでとても嬉しい居酒屋コーチでした。
と言って食べ過ぎてしまえば元の木阿弥になりますので、適切な量の食事を楽しむことにします。
湯船の中で知り合った方から情報を仕入れ、小諸駅前商店街の「一膳めしや揚羽屋」に向かいます。
小諸駅前商店街は、小諸駅(三セクしなの鉄道)から浅間山に向かってなだらかに上る坂道沿いに続いています。
私たちが訪ねたのは夜7時も回っていましたので、殆どのお店は閉まっています。
夜目には昼間もシャッターが閉まっているかどうかは分かりません。
新幹線も停まらず坂の町となれば、一般的にはクルマでのアプローチが主となるので、恐らく「シャッター通り」になっていると推測されます。
小諸の町が、様々な工夫と市民の努力で、商店街と共に繁盛していれば嬉しいのですが。
シャッター通りは町の活力そのものを象徴しますから。
それでも限度はありますので、政策的に手をつける必要はあると思います。
確かに都内では商店街と共栄してケースは少なくないですが、それは人口密度の高さとショッピングセンタが設置し難い特殊事情だからであって、商店街と市民の努力あってではないことを為政者は肝に銘じておいて欲しいと思います。
閑話休題、「揚羽屋」ですが、島崎藤村が小諸時代に書いた看板がある店としても有名のようです(藤村の後輩として知りませんでした)。
店内にも有名人の色紙が飾ってあります。
とは言いながら、決して店も綺麗でなく整理整頓も足らず飾ったようなところは全くない、小諸の町民がふらっとやってきて世間話や愚痴を言いながら食事していくといった雰囲気の店です。
私居酒屋コーチはこういった雑然としたキチンとしていない感じが自分らしくて好きなのですが、多くのお客さまがまた来たいと思うかどうかは分かりません。
つまり、おもてなしの心が十分かと言えば足りないのです。
お客さまに慣れることを強いるようなところがあるからです。
現代においては、それはなかなか受け入れられないのが現実です。
常に時代の最先端をいく必要は全くないと思いますが、常に最善を求めようとする経営姿勢は必要だと思います。
さてさて、また話がずれてしまいましたが、風呂で会った人に勧められた、「ソースカツ丼」を注文しました。
てっきり、丼に「ご飯」「キャベツ」「カツ」「ソース」と積み重なった構成かと思っていたのですが、出てきたのは「ご飯」「ソース漬けカツ」の超シンプルなものでした。
カツを揚げて、油を切って?、ウスター系のソースにドブ漬けしたものが乗っているだけなのです。
と言うことで味もシンプルです。
濃い目の味のカツにがぶっとかぶり付き、その味をご飯で中和しながら楽しみます。
さて、一口食べてこれは「僕の味」だと感じました。
つまり、温泉で汗をかいて少し塩辛いものが食べたいという自分のためにあつらえた感じがしたのでした。
こういう時は、実に分かり易くて安心感があります。
ただ、お分かりのように決してカロリーは低くないので、最初に言ったお風呂の効果を相殺しない程度ではありませんでした(要は少し食べ過ぎ)。
また居酒屋コーチにとっては、最後の方でキャベツで脂分を殺したくなったのも事実です。
でも、こうして3日経ってみると、また食べたくなってきました。
そんな揚羽屋の「ソースカツ丼」でした。
今度、自分でもやってみよっと。
広島で食べられるのは、「出雲そば」か旧豊平町に行って「豊平のそば」くらいです(「ちから」もありますが)。
という事で春の日に誘われて、蕎麦を食べに但馬の出石までやって来ました。
ですが、途中龍野で「にゅーめん」を食べたり観光したりで、出石に着いたのが夕闇も迫った6時前になってしまいました。
有名な時計台辺りでクルマを停めて、蕎麦屋を探しますが、どの店が良いかグルグルと回っているうちに暖簾が仕舞われてしまい、何とか入った店もお湯を落としたので少し時間が掛かりますとの由。
もうほかの店も同様だろうと待つことにしました。
それで随分待たされ食べた蕎麦のお味ですが、それが全然思い出せないのです…。
店も忘れましたし、どんな蕎麦を食べたかも思い出せません。
恐らくそんなに感動的な蕎麦ではなかったのかもしれません。
リベンジでもう一回行きたいですね(ただ遠い!)。
味で思い出せるのは、実は龍野で食べた「にゅーめん」なのです。
柚子の皮を落とした香りがとっても爽やかな味を作り出して、熱いあつい「揖保の糸」を引き立てて、とっても美味しかったのです。
龍野は醤油の町でもありますが、薄い味の御つゆがとてもまろやかな味でした。
以来、家で素麺を食べる時は、茹で過ぎずにアルデンテで熱い御つゆを用意し、柚子の皮を二切れ落として、龍野を思い出しながら食べるようになりました。
ようやくお店で売ってる太さになりました。
プランタではやはり限界があったようで、地面に植え替えて2年目にしてでした。
とは言え、売りものになるのは左の1本だけかもしれませんが、とっても嬉しいです。
ところで、私居酒屋コーチにとってアスパラと言えば、缶に入った白い煮た缶詰アスパラでした。
当時は「ホワイトアスパラ」なぞと言わず、ただの「アスパラ」と呼んでいました。
水に漬かったアスパラを箸で丁寧に引き抜き、マヨネーズをかけて食べました。
クタクタになっているので丁寧に扱わなければならないのです。
しかも水に味も抜け出して?いるので、マヨネーズでもつけないと美味しくないのです。
ですから、料理したものも居酒屋コーチ家では食べたことはありません。
それが、何時の時期からか「グリーンアスパラ」と言われる、画像のような商品が出回るようになりました。
歯応えと香りでたちまち好きになりました。
ベーコン巻きなど火も通すことも出来ますしね。
最近は、生のグリーンでない「ホワイトアスパラ」が売られているようです。
居酒屋コーチはまだ食べていないので、缶詰のアスパラとの違いがどんなものなのか知りませんが、ここでいっちょホワイトを作ってみましょうか。
土を被せて光合成を促進させないで栽培するのがホワイトアスパラらしいので。
光合成されないとなると香りや匂いは弱くなるでしょうが、その分繊維も細くなるでしょうから、歯触りは柔らかくなるのでしょね。
となると、缶詰のホワイトアスパラとさして差がないのかもしれません。
ホワイトアスパラが出来るのを楽しみにしましょう!
筍を掘るのは私居酒屋コーチは子供の頃以来です。
その時は、地面からしっかりと顔を出した奴を採ったので大した手間も掛からなかったと記憶してます。
あとで、竹薮の持ち主から厭味を言われたそうです。
そんな大きくなった奴は売り物にもならないでしょうに、尻の穴の小さな方です(と言って厭味を言っても盗みは盗みなので非はこちらにありますが)。
今回はキチンと許可を得て掘ってます。
竹薮に入ったものの、筍は何処にも見当たりません。
グルグルと歩いてみても見つかりません。
要するに、頭を地面にまだ出していないのです。
「無かったよ」と帰るのも、待っている皆をガッカリさせるでしょうから、探す範囲を狭めて集中的に探すことにしました。
普段放っぽってある竹薮ですから、下草や落ち葉あるいは古い倒れた竹などで地面は見えません。
TVなどでやってるように、足の裏で硬いと感じたところを掘るなどというようには到底いきません。
まず邪魔な葉っぱや竹をどかし、鍬で丁寧に表土を剥がしていくと見つかりました。
結構ガツンと言う手応えです。
回りを鍬で深さ30センチ以上掘って漸く収穫出来ました。
慣れないので回りを掘って最後に筍の下部に鍬を挿してこじるという訳には残念ながらいかず、丁寧にぐらぐらさせながら根を少しずつ切りながらの収穫です。
眼が慣れてきたのか、ほど近いところに、モグラが地面に頭を出したような感じの出っ張りを発見。
落ち葉を取り払ってみると頭が見えてきました。
1本目同様に丁寧にやったものの、少し大きかったせいか上部の方を持ち過ぎ、中ほどで折ってしまいました。
そんなこんなで、何とか2本を持って帰り、別働隊が採ってきた「タラの芽(葉っぱ)」と共に、天ぷらにして美味しくいただきました。
どちらも生で食べられるので、さっと火を通して出来上がりです。
来週も時間があったら掘りに行きたいものです。
やっぱり自然のおこぼれをいただくのは楽しくて幸せですね。
結構病みつきになりそうな居酒屋コーチでした。
最近、信州の名物「おやき(お焼き)」の店が出来たので買ってみました。
今日買ったのは、「野沢菜入り」と「切干大根入り」です。
笹の葉で包んであります。
包丁で切ると中の具が溢れるくらいしっかり入っていて、素朴な味で美味しいです。
若い?頃は、野沢や八方にスキーに行くと良く食べたものでしたが、スキーにも遠ざかっているのでなかなか口にすることは出来ませんでした(3年近く前に、松本駅で食べた以来でした)。
東京なら手に入る店も多いでしょうが、横浜の片田舎ではそうはいきませんので。
この店では、五平餅も置いてあるようです。
中では小母さんが二人でやってましたが(店でも食べられる)、信州出身の人なのでしょうか?
そうでもないと、こんなところで店を開きませんね、さて?
太平洋を臨むここまで来ると、釧路川の蓮氷も全くまばらになります。
「四季の像」の立つ「幣舞橋」から、見るこの景色も現在は変わりました。
周辺は、原田康子女史の「挽歌」でも出てきたように思いますが、もちろん、当時と比べるべくもないでしょうね。
橋から下(しも)の右岸(川は水の進行方向に向かって、右側を右岸、左側は左岸と言います。川を遡るときは右手が左岸になります)が、特に変わりました。
今は「フィッシャーマンズ・ワーフMOO」が、瀟洒な施設が橋に隣接して出来ています。
川(港)を見て食事、お土産や水産品や文化施設が整っています。
でも、私居酒屋コーチはやっぱり、「和商市場」が好きです。
混沌と猥雑とした庶民的な雰囲気が好きなのです(こちらも建替えられましたが)。
この旅の時に、和商で何を買ったか全く覚えていませんが(旅は続くので買っていないかも?)、釧路川を下ったときは「オスのシシャモ」も買ってきました。
だって、「内地の人はメスを欲しがるけど、やっぱりオスが美味しっしょ」と言われるんですもの。
脂が卵に取られたメスより、オスは脂が乗って美味しいのです。
あっ、そう言えばこの間の高島屋の物産展で買うの忘れてた!
赤い愛車のカラータイマーが点滅しそうだったので、エネルギーを注入にセルフ店へ。
ついでなので、タイアにも二酸化炭素0.04%・酸素21%・窒素78%の気体を注入しようと、お店の兄ちゃんに銀色に輝く球形のタンクを借りました。
入れてみると、寒くなってから入れてなかったので、チュパチュパと、じゃないシューっと良く入ること。
でも、左の後ろ足の圧がやけに低いのです。
「おや~、こりゃ借りたこのタンク壊れてるぞ!」と、すぐ人を疑う性格の私居酒屋コーチは、自分の空気圧計を取り出してチェック!
それでも、やっぱり低すぎます!?
で、タイアの踏面を見てみると茶色っぽい黒子(ほくろ)が見えます。
えぇ~!ひょっとして!?
と思い、中まで貫通してない長さのようにと祈りながら、マイナスドライバでこじってみると、この有様です!
約4センチのまっすぐな釘さんです。
前輪で跳ね上げ、先端が上に路面に立ち上がった瞬間を、後輪が踏んだのです。
見事に貫通していて、抜いた跡からはシュ~っという情けない音がしています。
すぐそばに、タイアを買った店があるので、高めに空気を入れて直行です。
ホイールからタイアを外して、グリグリッと何かを詰め込んで修理完了です。
もっと太く短いのが刺さっていたりすると、高速走行中に抜けてバーストする可能性がありました。
あぁ~怖っ!
正直のところ、タイアのチェックを含む始業点検なぞ殆どやりませんが、本当はやっぱり必要なんですね。
皆さんも出来るだけチェックしましょうね。
でも、この程度で良かった良かった。
これで、週末安心して温泉に行けます(笑)
ポテトと飲み物のセットでいただきました。
パン・肉・肉・パン・肉・肉・パンの構成で、ピクルスとレタスとチーズと玉葱が挟まっています。
ご覧のように、肉と肉は仲が良くありません。
つまり、肉同士が滑って口で噛みつく時、中間の肉・パン・肉が逃げていきます。
ただでさえ、口を十二分に上下に開けても入り切れないのですから、どうしても上下方向に力を入れ押し潰すようにして噛み付くのですから、どこかが向こうの方へ行こうとするのです。
そんなこんなして、食べ終わった時には、顎の関節のストレッチが同時に終わっていました。
味は聞かないでください。
マクドナルドなんですから。
それより、セットメニューは昼食に食べると、何と!1320キロカロリーです!
トンカツ定食ご飯大盛り位の高カロリー。
お陰で午後は眠かったですよー!
ポテトと飲み物のセットでいただきました。
パン・肉・肉・パン・肉・肉・パンの構成で、ピクルスとレタスとチーズと玉葱が挟まっています。
ご覧のように、肉と肉は仲が良くありません。
つまり、肉同士が滑って口で噛みつく時、中間の肉・パン・肉が逃げていきます。
ただでさえ、口を十二分に上下に開けても入り切れないのですから、どうしても上下方向に力を入れ押し潰すようにして噛み付くのですから、どこかが向こうの方へ行こうとするのです。
そんなこんなして、食べ終わった時には、顎の関節のストレッチが同時に終わっていました。
味は聞かないでください。
マクドナルドなんですから。
それより、セットメニューは昼食に食べると、何と!1320キロカロリーです!
トンカツ定食ご飯大盛り位の高カロリー。
お陰で午後は眠かったですよー!
六花亭の「マルセイバターサンド」を食べるのは、実は初めてです。
北海道のお土産は、しばらく、洞爺の「わかさいも」と決めてたこともあり、洋菓子は買ったことがなかったのです。
また、チョコレートといえば、「ロイズ」が喜ばれますし…。
食べてみると、ホント美味しいですね。
バターも余り癖がなく、シンプルだけど奥行きがある美味さです。
六花亭は、本当に一所懸命に良いお菓子(良い材料を使う。お小遣いで買える。)作りをしているなと感じられました。
ちなみに、六花亭の思いは、
おいしいお菓子をつくろう
楽しいお買い物の店をつくろう
みんなの豊かな生活をつくろう
そして、成長しよう
というものだそうです。
中島みゆきやTBS安住アナ等で、何かと話題になる帯広ですが、私居酒屋コーチは、400mベンチと六花亭本店喫茶コーナーくらいしか行ったことがありません。
何れ折りをみて、帯広の街を回って人との触れ合いを感じてみたいと思います。
そして、帯広でしか味わえない、六花亭のショートケーキ等の生洋菓子を食べてみたいですね。
ご覧のように、ほうとうのおつゆの色がカボチャ色に染まっています。
カボチャが殆ど跡形なくおつゆに溶けていていま~すよ。
比較的薄味の味噌味なので、まるでカボチャポタージュのような味に仕上がっています。
「みたま温泉」のほうとうは、とっても美味しいです。
難を言うとやや具が少ないかなぁと思うくらいでしょうか。
塩分取りすぎはいけないと思いながら、おつゆを残さずいただいてしまいました。
実は、お昼も豚骨醤油ラーメンを食べていたのですが…。
ひょっとして。
そして、翌日は、米軍基地で甘い甘~いクッキーとケーキ、そして脂っこいハンバーガーを食べました。
ひょっとして…。
「体脂肪率が上がったかなぁ」と、実はほくそ笑んでいる居酒屋コーチでした。
10月17日から、出港していた「キティホーク」が帰投しました。
このところ、ホーネットが随分飛んでいるように思ったのはこのためのようです。
たまたま、横須賀海軍基地の歴史的建造物ツアー中に出くわしました。
動いている航空母艦を見るのは初めてです。
流石に、私居酒屋コーチが乗っている8mヨットと全く違いノロノロと入ってきました。
ランドマークタワーに30m位の帽子を被せて横倒にして、水に浮かべ大きな板を乗せたようなものですから、急ブレーキは効かないのは当たり前ですから、ゆっくりは当然です。
ポートサイド(左舷)に、接岸用タグボートを3杯携えての入港です。
艦橋から先端は良く見えないので、カタパルトの先端にポールを立てての姿はご愛嬌です。
甲板には、カモメでない水兵さんがズラッと並んで、儀式的な雰囲気を漂わせていますが、やっぱり結構カワイイですよ。
ポート側先端の機銃兵が、接岸時に空砲を打ったようで、運動会の花火のような音がしました。
岸壁には、2ヶ月振りの再会を求めて子供と赤ちゃん連れの家族が一杯です(若い水兵が多いためでしょう)。
これから、クリスマスの休暇を楽しむのでしょう。
そういえば、基地内ホールでクリスマスツリーが飾られて、サンタさんが来てパーティが開かれてました。
居酒屋コーチもクッキーをいただきましたが、とってもトッテも甘~くてビックリしました。
1個で400キロカロリーはあるでしょう!
あんなのを何時も食べているから、米国人はあんなに大きいのでしょうね…。
自転車に乗って鼻水が出る寒さには、やっぱり、脂っこいものが欲しくなりますから。
私居酒屋コーチは基本的には、昔ながらの醤油ラーメンが好きなのですが、なかなかお目にかかり難いのが現実です。
かん水の効いた黄色がかった細めのストレート麺が好いですけど、汁が絡みやすいとの理由で縮れた麺が多いのも残念です。
昔を懐かしむのは歳をとった証拠です。
決して否定はしません.
奇麗に透き通ったスープに濁りのない脂の輪に、緑と白の長ネギが浮かぶ姿は、丁寧に仕事をした芸術的な美しさがあり大好きです。
もちろん、レンゲなぞ使わうのは、「なし!」です。
ラーメン丼を両手で捧げ持って、堂々とスープを啜りましょう。
キチンと灰汁を取った良質な脂であれば、唇にも優しく、嫌な感じが残らないものです。
そう言った意味では、ティッシュボックスが置いてあるのも、「なし!」かもしれませんね。
少々愚痴っぽくなった居酒屋コーチでした。
今年の新酒の仕込みも本格化してきます。
さて、「寒い」と言って思い浮かべるのは何ですか?
と聞かれてベスト3に、「鍋」は入るでしょう。
ここ、酒どころ西条(東広島市)で有名な鍋は、「美酒鍋」です。
「びしょなべ」と読みます。
「びしゅなべ」ではありません。
何故、「びしょ」なのかは良くわかりませんが、お酒をビショビショと入れるからでしょうか?
てな訳で、20世紀も終わるころ、錦帯橋で有名な「錦川」の河原で、美酒鍋を敢行しました。
カヤックを一漕ぎしてから、お昼に身体を温めるためです。
ダッチオーブンに、野菜や肉をドバドバ入れて炒め、西条で仕込んだ「美酒鍋」の元とお酒を入れて煮込みます。
「びしょ」の通り、ビショビショにお酒を入れたところ、具にお酒が浸み込み過ぎたようで、アルコール分が上手く飛ばず、日本酒の香りというより日本酒煮になってしまいました。
上戸(じょうこ)の私居酒屋コーチは、そこそこ美味しくいただきましたが、下戸(げこ)メンバは折角の昼食を十分楽しむことが出来ませんでした(酔っ払っちゃったんで)。
それ以来、流木カヤックツーリングに「美酒鍋」のメニューはなくなりました。
飽くまでも、日本酒は煮込むために入れるのではなく、香りをつけ食欲をそそり身体を温めるためだったようです(ビショビショではありません!)。
こんなこと言ったら、鬼さんが笑いそうですね。
ここは、相模湾を見渡す湯河原「ゆとろ嵯峨沢の湯」。
国道から、えっちらおっちらと狭い道を登ってくると、JR東海道線トンネルの上にある、ここにようやく着きます。
お風呂や食堂からは、たわわになったミカンと海と時たま電車を見ることができます。
本日の、「あじ塩焼き定食」は2匹のツガイ?です。
大きいのが上がらなかったそうです。
小ぶりでも、流石に鯵!さわやかな脂が乗って美味しいったらないですよ。
あと、シーズンの始まった「あん肝」がついていました。
小鯵は、かつて小田原辺りではたくさん取れたそうで、それを活用したのが「東華軒」の「小鯵押寿司」駅弁です。
また、小田原では、「ウマヅラハギ」が多量に水揚げされていました。
「カワハギ」とともに、薄造りにすると河豚より美味いと言う人もいます。
鍋に入れると淡白すぎて、スルスルとハシから逃げていっちゃうのが困りますね。
ゆとろの湯のオヤジから、これからカワハギが美味しくなるから食べにおいでよと言われ、また行きたくなっている、私居酒屋コーチです。
こんなときはやっぱり鍋が一番!
今年は暖かい日が続き、白菜と大根が出来すぎて需給調整のため、多量に廃棄されるそうです。
勿体ないですね~。
MOTTAINAI!
せっせと鍋をやりましょう、鍋奉行さま。
ところで、寒くないタイランドでも鍋があります。
そうです、「タイスキ」です。
水炊き鍋の中に、肉・魚介・その団子・野菜・麺(ラーメン)なんでも入れて、辛~い真っ赤なソースにつけて食べます。
とっても美味しくてドンドン食べられます。
辛いソースで食べるとドンドン汗が出て、一種のデトックス状態になって爽やかになります。
でも暑い国で熱いのは、と思われる方も少なくないと思いますが、ここバンコクの「MKレストラン」は、冷房が頭に先にキンキンくるほど聞いていますから大丈夫です。
実は、「MKレストラン」!日本にもあるようです。
福岡11店ほか佐賀・長崎・熊本に計15店のようです。
九州に遊びに行かれる方は、寄ってみてはいかがでしょうか。
ただ、多くの店がファミレスと同じようなロードサイドの展開をしているようなので、クルマがないと行き難いかもしれないので気をつけてください。
あと、鍋の特性ですが、一人で食べても美味しくありませんので、悪しからず。
ちなみに、バンコク・カルフール店の私たちの隣りでは、同邦からの男性が現地の見目麗しい女性と、タイ語を教わりながら楽しそうに召し上がっていました。
あぁ、熱~い暑~い!
橋の上から撮っている私居酒屋コーチの背中に、「屈斜路湖」があります。
大きさ国内第4位の淡水湖ですから、それなりの流量があるように見えます。
実際はさほど多くなく、画像の辺りではかなり浅い状況です。
結構、倒木も多くノンビリ下るという環境ではありません。
この時から、1年7ヶ月後居酒屋コーチは、この眼で確認しました。
さて、これを写したのは午後零時と記録されています。
ここまでは、網走から駅レンタカーのファミリアでやってきたのですが、お昼に何を食べたか全く思い出せないのです。
ドライブイン等に入った覚えはありません。
当時は、まだまだコンビニも少なかったですから、コンビニ弁当も食べてはいないと思います。
駅でレンタカーを借りているので、駅弁を買っている可能性も高いですね。
旅行中は出来るだけ駅弁を食べるようにしてますので。
でも、覚えていません…。
何となく阿寒湖のそばの駐車場で食べたような気もします(この時ではないような気もします)。
そうすると、駅弁か阿寒湖畔の店で買ったものを食べたかです。
あ~思い出せません。
情けないですねぇ…。
考えてみると、帯広から釧路に向かう汽車の中で、食べた駅弁(恐らく)も思い出せません。
ホント情けない…、とほほ。
現在のように、携帯のカメラで撮れる時代はホント楽ですねぇ!?
「旅人の宿 とまってけや」とあります。
当時の常呂町が管理をしていました。
無料ですから、バイクや自転車で旅をする方には、嬉しい施設ですよね。
ところで、そもそも、「常呂」に行くとは全く思っていませんでした。
帯広に着いてから、十勝岳温泉に行こうとしてました。
「六花亭」の本店喫茶ルームから電話で宿を予約して、再度、「弘済出版社 道内時刻表」を確かめたところ、その時間から出発したらその日中に行き着けないことが発覚しました。
そこで、急遽、頭をカキカキ引きつった笑いを浮かべながらキャンセルをして、茅沼に向かうことにしたのです。
それから、川湯・仁伏温泉に行き、常呂に向かうことになったのです。
川湯温泉から汽車に乗り、「浜小清水」で途中下車して、オホーツクを眺めます。
羅臼岳をはじめとする知床連山はもう真っ白です。
駅舎内の食堂で、カレーを注文します。
嬉しいことに味噌汁がついてきました。
具は、可愛いかわいい貝つきホタテが10数個入っています。
「やっぱり北海道はホタテだよな」とひとりごちて、美味しくいただきました。
国鉄の時代に乗った「湧網線」はもうありませんので、常呂まではバスです。
網走から50分くらいでした(当時の時刻表を見ると800円)。
私居酒屋コーチは、仁伏温泉で紹介された、「民宿 やまびこ」を探します。
当時の常呂は、民宿「船長の家」ぐらいが有名なところだったでしょうか?
その時(92年)は、カーリングということばも知りませんでしたが、計算するとチーム青森の元「小野寺」「林」さんは、「シムソンズ」でカーリングを楽しんでいたんですね。
でも、トリノ五輪でチーム青森が活躍しなければ、常呂は居酒屋コーチの頭の片隅にも残らなかったかもしれません。
不思議なものです。
「人間(じんかん)全て塞翁が馬」は居酒屋コーチの好きなことばですが、自分の回りに起こることは無駄なことは全くないのだとシミジミ思います。
レストランも結構混んでいて、メインディッシュが出てくるまで時間がかかります。
ビールも2杯目になってしまいました。
ちなみに、メインディッシュは茄子等の秋野菜の上に乗ったヒレステーキでした。
最近、味が薄く感じることが多いのは汗をかくことが多くなったからでしょうか、今回もやや塩気が足りませんので塩と胡椒をかけます。
ところで、ここ「湯本富士屋ホテル」のレストランも、フレンチ・中華・日本食と幾つかのレストランがあります。
~70年代までの、ホテルのレストランと言うと、フレンチと決まっていたように気がします。
ですから、レストランと言うより、ただ「メインダイニング」と呼んでいたように記憶しています。
しっかり食べるときは、ダイニング。
軽く食べるときは、ビュッフェみたいな。
でも、考えてみると、外国人が日本にやって来てフレンチを食べるというのは、私たちがフランスに行って日本食を食べるのと同じですよね。
ホテルに様々なレストランがあるのは当然と言えば当然です。
ホテル協会加入ホテルはようやく世界標準になっていると言えるかもしれません。
日本旅館はそういう点で、まだ日本食に固執し過ぎているかもしれません。
日本に来馴れてるような外国人なら、正座・あぐらにハシもOKでしょうが、初めての方はハードルが高いように思えます。
箱根でも、ベルトコンベア的大規模旅館の廃業が少なくありませんが、集中仕出しを上手く活用し、外国人にも馴染みやすくする方策をもっと考える必要がありそうです。
日本旅館で思い出しましたが、鹿児島市の由緒ある旅館「重富荘」が昨年廃業していたようです。
島津家の別邸を旅館にしていたのですが、様々な点で効率が良くなかったのでしょう。
残念なことです。
先日、道産子のふところの深さについて書きましたが、11月下旬に阿寒・野中温泉に行った時、国民宿舎のお風呂でおじさんと一緒になりました。
確か何処から来たのかと聞かれて話し始めたと思いますが、おじさんは鹿撃ちに来ていたとのことでした。
当時は、オスは獲っても良いけどメスはダメなんだと言っていましたが、最近エゾシカが増えすぎて問題になっているため、現在はメスも捕獲出来るようです。
そのおじさんは、既に仕留めたので(確か道南に?)帰るところだそうです。
射止めた鹿は、クルマのトランクに入っているとのことでした。
11月下旬なので、トランクの中は冷蔵庫より冷えているのです。
「少し持って帰るか」と言われましたが、私居酒屋コーチはまだ旅が続くため辞退しました。
ほんとうは、鹿肉を貰って食べてみたかったと残念に思っています。
貰って食べるというと、居酒屋コーチは何回か知らない方から頂きものをした経験があります。
画像は、大崎下島大長(おおちょう)港に向かう、今治発の高速船です。
画像の下の方に、「御手洗」という瀬戸内海運の潮待ちの港として栄え、現在もその当時の建物が残っている地区が写っています。
そこを見渡す高台の公園からの眺めです。
ちなみに、高速船が勢い良く走っている狭い海峡の向こうは愛媛県です。
右下に小さく黄色くみかんが見えますが、「大長みかん」は甘いと広島では人気があります。
大長港に向かって帰るべく、上がってきた道とは違うみかん畑の中の農道を下りていったところ、どうやら私宅に入ってしまいました。
おばさんが居たので、不法侵入したお詫びをしてしばらくお話をさせていただきました。
そして、帰りしな、みかんと青いレモンを貰ってしまいました。
不法侵入を「盗人」とすれば、まるで、「盗人に追い銭」みたいでしたが、居酒屋コーチはとても嬉しく、やって来て良かったなぁと心があたたまりました。
北海道は、広島出身の方が多いと聞きましたが、ふところの深さやよそ者に優しいのは果たしてその効果でしょうか?
さて?
昨晩も今晩もまだまだ、北の大地ではファイターズ優勝の勝利の美酒に酔いしれているんでしょうね。
羨ましいっ!
巨人ファンをスパッと捨てたというより、新しくやって来た球団を仲間として受け入れる気質があるんだと思います。
北海道の大きさと気候の峻烈さは、抵抗しようとしてもとても叶わないほどです。
「それなら、受け入れてみるしかないっしょ」ということのような気がします。
ですから、内地から行った我々にも優しいです。
こんなことがありました。
函館ビアホールのカウンタでビールを楽しんで、帰る前にお土産として、「サッポロクラシック」缶24本を買おうと市内の酒屋に入りました。
宅配便で送る手続きをしてお金を払い、青森行きフェリーターミナルにさて行こうと店主に声をかけました。
「フェリー乗り場にはどうやって行けば良いですか?」と私居酒屋コーチ。
「送っていきましょう」と店主。
思いがけない返事にうろたえました。
「いえいえ、行きかたを教えてくれれば…」と良識を表に出して。
「良いですよ。どうせそっちに用もありますから」と。
これ以上、断っても折角の申し出に申し訳ないしと、心の中で合理化して軽トラでフェリー埠頭まで送っていただきました。
港までの10分くらい助手席で何を話したか忘れてしまいましたが、とっても嬉しかったのを覚えています。
酒屋さんですから、世の中に怪しい奴が一杯いるのは百も承知でしょうが、ここまでしてくれるのはやっぱり北海道の風土なのでしょうね。
実は、道東「川湯温泉」のお蕎麦屋さんで食事のあと、「どこに行くの?」と聞かれて、「○○温泉」と答えてシビックシャトルで送って貰ったこともあります。
本当に外者を受け入れてくれる気持ちを持っていらしゃるんです。
北海道に80泊前後したのも、そんな雰囲気に触れたいからだなと思っている居酒屋コーチです。
札幌ドームも、噴火寸前の火山のように闇に真っ赤に輝いているようでしょう。
羨ましいですねぇ。
北海道一丸になって応援する姿を見てると、何故か泪が出てきます。
今夜のススキノは、飲み屋さんで優勝を祝おうとするお客さんの熱気で一杯でしょう。
また、優勝したら「行くっきゃないしょっ!」と叫んでやってくる群集に、戦々恐々とする(でも嬉しい)店主さんたちの溜息ともつかない潜めた息も聞こえてきそうです。
函館も倶知安も旭川も帯広も釧路も根室も稚内も苫小牧も滝川も富良野も紋別も名寄も浜頓別も羽幌も雄武もその他どこの町も、一球一球に固唾を呑んでいる音も聞こえてきそうですね。
私居酒屋コーチは、84年に旭川に行った時は、まだまだファイターズ応援という雰囲気は感じられませんでしたが(あの店だけだったのかしら)、今や大変なことになっているんでしょう!!
サッカーが地元中心で盛りあがっっていったように、ファイターズがホント北海道に行って盛り上がりました。
それより、ファイターズを快く受け入れた560万道民のふところの深さに拍手です。
今年は難しいでしょが、来年は北海道に行って、「松尾のジンギスカン」(帯広出身のTBS安住アナが大好きとの由)でジンギスカンを摘みながらビールを楽しみたいですね。
ちなみに、「松尾のジンギスカン」は羽田空港地下の「北海道四季彩館」で購入出来ますので、流行のジンギスカンをご自宅で楽しみたい方は是非お試しください。
ところで、画像の「昭和新山」は噴火していません。
ススキの穂も、風になびくのが心地良いのか優しく右へ倣えをしてくれています。
先日、みたまの湯で買った「からみ大根」を摺って、お蕎麦を食べました。
泪が出るほどではありませんが、ちょっと走り出したくなるくらい辛さが襲ってきます。
この辛さは懐かしい味です。
これほど辛くはありませんが、大根は辛いものでした。
最近の青首大根は辛さが弱く、大根おろしにすると今ひとつ存在感が薄くなってしまいます。
○○に例えられた(セクハラになっちゃう)三浦大根(練馬大根は漬物用なので細い)は、先に行くほど太くなるので、畑から抜くのに力がいることから、高齢化の進む農業従事者にとって大変なのです。
それに比べ、青首は上部が一番太いので抜き易いのです。
大量に作って、売値で1本1~200円の商品に、労力を掛けたくないのは当然と言えば当然ですね。
とは言うものの、売っているのが青首ばかりと言うのは寂しい次第です。
風呂吹き大根はやっぱり、三浦の方が好いと思うのは、私居酒屋コーチだけでしょうか?
10月13日の記事で、赤いリンゴについて「ゴールデンデリシャス」と書きましたが、ゴールデンデリシャスは「黄色(金色)」のリンゴでした。
赤いリンゴは、「紅玉」とか「国光」ですね。
間違えました、ごめんなさい。
さて、今日の画像ですが、ファイルから一掴みしてきました。
JR山口線の、「SL山口号」です。
C56160とC571の重連です。
山口を出て津和野に向かう国道の「木戸峠」に該当する峠を越えるには、単機では苦しいのでしょうか。
今、まさに津和野川を渡り山口方面に向かおうとしているところです。
この後、峠を越えるべく煙をもうもうと出そうとしています。
煤煙集塵装置が装着されていないので、真っ黒い煙が出ます。
鉄橋の下の、「津和野川」は北に向かって流れていき、日原辺りで、「高津川」に合流して高津川と呼ばれるようになります。
高津川は、清流です。
広島県境の冠山山系が豊富な水量の水源です。
日原からは、河口の益田市まで、カヤックで下ることが出来ます。
途中、小さな堰があるので、カヤックから下りて迂回しなければなりませんが、あとは澄んだ水と共に日本海まで下っていけます(と言うものの、河口までは行ったことはありませんが)。
紅葉を楽しむ川ではありませんが、澄んだ水を楽しみたい一つです。
終点の歴史の町、益田市については、何れ書く機会があればと思います。
9月11日の記事に書きました、「シルクハットの底に、小さな旗を立てたハイカラな町」を見渡せる、「みたまの湯」に行ってきました。
昨日は天高く馬肥ゆる秋空には、溜息一つ分だけ及びませんでしたが、なかなかの夜景でした。
甲府盆地の夜景は、笛吹市フルーツ公園から見た時、「新日本三大夜景」と言われるのもうなづけます。
また、遥か遠くでしたが、花火も上がっていました。
お湯は、茶褐色のヌルヌルっとしたお湯です。
やや木っ端のような匂いがします。
露天風呂はぬるめで、夜景を楽しみながら長湯が出来て楽しい。
昨日は、前回と違う湯船でした。
そうです、二つのお湯を日替わりで男女入れ替えるのです(ですから、自動販売機でとっても興味深いものが売っています)。
前回は、保健所のお達しがあり、食事処の一部メニューが休止になっていましたが、現在は復活しています。
草鞋まではいきませんが、小学校1年生の肉付きの良い偏平足?のような、「ロースカツ定食」をいただきました。
我が家には、カロリーを抑えなければならない家族がいるので、脂肪・油の多い「ロースカツ」は食べられませんので、久しぶりに脂っこいものを食べました(私居酒屋コーチは体脂肪率7%なので、本当は何回も食べたいのでけど…)。
また、湯併設の農産物直売店で、新鮮な「生産者名入り」のお安い野菜を買ってきました。
大きなオサツが2本で130円です!
しかし、温泉でゆっくりするには本当に好い季節になりました。
次回の、温組(温泉組合)集合が楳図かずおの「ママが怖い」のように首を長くして待つのが大変苦しいですね。
80円切手を大量に買いに郵便局に行ったところ、記念切手があったので購入しました。
小学生の頃、一時期級友の多くが記念切手をコレクションしたものです(何処にいったかしら?「ビードロを吹く娘」)。
記念切手を買ったのはそれ以来かもしれません。
「関東のくだもの」と言うタイトルです。
画像では分かりにくいかもしれませんが、千葉のビワ・茨木の梅・群馬のリンゴ・埼玉の梨・栃木のイチゴが図柄になっています。
バックにその県の代表的な観光地の絵が描かれています。
小さな面積に分かり易く美味しそうに収まってますね。
私居酒屋コーチが一番気に入ったのは、群馬県です。
燧岳を背にした早春の尾瀬ヶ原に咲く水芭蕉に、ゴールデンデリシャスです。
尾瀬には、90年代前半まで良く行きました。
夏場、見晴らし等の山小屋で良く冷えたゴールデンデリシャスを買って食べると、疲れと暑さがさっと引きました。
リンゴの力って大したものです。
居酒屋コーチは、子供の頃風邪を引いて母親にリンゴをすって貰うのが嬉しかったですね。
尾瀬は、今頃も良く行きました。
人が多過ぎる10月の連休の翌週を狙って行きますが、ややもすると雪に降られて紅葉どころではなくなって、雪中行軍になってしまうこともありましたが。
来年の春には行ってみたいなぁ。
JR東日本のE231系と呼ばれる電車の運転席です(湘南新宿ラインの車両)。
しばらく、運転席なぞ覗いたことがなかったので、びっくりしました!
モダンになっているのは、自動車の比ではありません(昔と違うと言う意味で)。
携帯画像では、残念ながら分かりませんが、液晶パネルは「車掌メニュー」と表示されています。
列車No・速度・停車駅名表示などのほかに、驚いたのは「乗車人数」という表示があったことです。
車両毎に、人数が表示されているのです。
この車両は、エアサスペンションなので常時過重を計測して空気圧調整をしているとのことです。
ですから、当然のこととして加速時や減速時には、人数が変化します。
車掌の業務として、「のりほ」と言うのを報告する業務があると聞いたことがあります。
「のりほ」とは、車掌が精算や検札等で車内を巡回した時に、乗車人数を「めのこ」でカウントして、特定の駅で報告することらしいです。
事故等で、「乗員×人。乗客○○人」と言うのは「のりほ」情報のようです。
私居酒屋コーチも、電車の最後尾に近い駅の柱に、「のりほ入れ」と言うボックスを見たことがあります。
5センチ四方の紙に数字が書いてあるのが入っていました。
現在、サスで計測して把握した乗車人数をどうやって報告するのかは知りませんが、随分と楽?になったものです。
ところで、「のりほ」って、「乗り報(告)」のことでしょうかねぇ!?
一昨日、レクサスLS460が展示してあったので、座ってきました。
試乗車は、今週末からのようです。
LS460のキーワード?は、「匠より深く。最先端より先へ。」だそうです。
コンセプトは、「LSとオーナーに流れるすべての時間が(中略)。単に走る道具から、人の気持ちを理解し思いやる存在に。(略)」とあります。
後席に座ってみました。
乗り込み、ドアを閉め(窓は開いています)、外にいる営業(セールスコンサルタント。SCと言うのかしら)に話かけた瞬間、違和感に襲われました。
自分の声が聞こえ難いのです。
おそらく、冬布団のようなたっぷりした吸音材が成す技なのでしょう。
この吸音効果が走行中、居住空間にどういう影響を与えてくれるのか分かりません。
おそらく、初代セルシオで言われた、「耳が痛くなるような静かさ」に近いと思われます。
無響音室に入ると自分の存在が薄くなって不安になり、ストレスを感じます。
これは、「人の気持ちを理解して思いやる」かたちなのでしょうか?
もし、ドライバーと後席のパッセンジャーとの会話に自然さが損なわれたら、人はストレスを感じます。
ストレスは、長時間のドライブから快適さを奪い取るでしょう。
いま、世界は石油に代表されるエネルギー資源の枯渇に脅かされています。
そんな時代には、「人の気持ちを理解して思いやる」とは、クルマに乗っている人間だけでなく、それを外から眺める人間にとっても与えられるべきものでしょう。
大きな、如何にもエネルギーを消費し、地球温暖化に寄与することを、見せつけるクルマは、「思いやっている」とは感じられません。
それでも、仮に、LS460には大体3~4人乗車していることが多いという姿が見られれば、見方も変わってくるかもしれません。
大人数で乗って楽しいのは、ミニバン(効率も悪く、実はそれほど安楽・安心でもない)という固定観念を捨て去らせるクルマであればということです。
大きなクルマは、そうであるべきです。
「LSは、運転しても、誰に運転してもらっても、快適で楽しく安心で、またみんなで行きたいんだ」という声。
これが、「匠より深く。最先端より先へ。」の、答えの一つであればと思います。
今回の、自分の声が聞こえ難いという事実から、みんなで乗って会話が楽しいかなぁ?と思って書いてみました。
みなさんはどう思うのでしょうか?
箱根ヒルクライム帰りに寄った、「弥次喜多の湯」の入場券です。
2時間900円なので、山梨方面の6~700円に馴れた身にはちょっと高めです。
記憶の限りでは、箱根湯本温泉は初めてだと思います。
透明な湯で臭いはしないようです。
ここは、内湯1外湯4サウナ1で、露天に力が入っています。
ただ、どの湯船も大きくないので、大人数で行くとかなり窮屈な思いをします(洗い場が少ない)。
画像を良くご覧ください。
お店の名前が入っていません。
折角、チケットの半券を持ち帰っても整理に大変です(私はしませんが)。
どうやら、温泉ファンを殆ど意識していないようです。
要するに、お客さま志向が十分でないようです。
私なぞ、「弥次喜多」が漢字だったか平仮名だったかさえ覚えていなかったのですから。
忘れてしまえば、再び行くこともないでしょう。
キチンと、「弥次喜多の湯」と記載すれば、CS(顧客満足度)ポイント+3点でしょう。
ついでに、ポイントアップの指摘をもう幾つか。
まず下駄箱です。
100円を入れないと鍵が抜けません。
帰りに返却されるといっても、財布から100円を出すのは鬱陶しいです。
男はまだしも、女性は何度も財布を出すのは厭だと思います。
100円不要に改良すれば、CS+3点です。
チケット自動販売機の前に、若い男子従業員がいるのですが、お客さまがいない時に本を読んでいます。
暇な時間があるのは仕方がないので、混んだときには販売機の前に来て案内をして、それ以外は、休憩所等を掃除やガラス磨きをし続けるべきでしょう。
これが、笑顔で出来ればCS+3点。
これ以外にも、指摘できることはまだありそうです。
20点アップとはいかないですが、10数点は簡単にとれそうでした。
あと、毎日終了時に、「弥次喜多の湯」をWeb検索して読んでいけば、+10点は堅いでしょう。
台風サンサンの影響が来る前にトライしました。
朝1番に出発し、酒匂川河口にクルマを駐めて、自転車を組み立て出発です。
国土地理院HPの2万5千分の1地形図で調べたところ、大平台の手前と宮下交差点から小涌園までの2ヶ所が、登りがキツいようでした。
標高80m程度の湯本まで、ウォーミングアップで流し、9:35からピークを目指し出発です。
天候は曇り気温も20度+で、湿度もそれほど高くない良いコンディションです。
ただ、3連休2日目と言うことで交通量は多く気を遣わなければなりません。
1スティント10分程度で休憩を入れる戦術です。
宮下「富士屋ホテル」まで順調に進み、10:35に到着。
138号線との分岐までの渋滞では、自転車の方が早いくらいでした。
ここから、小涌園までが200mを稼ぐのに単調な登りが続きます。
ボチボチ太ももが痛くなってきましたが、故障のある膝には痛みはありません。
登山鉄道の踏み切りで休憩し、小湧園に11:08着です。
水着を着けて入る「小湧園ユネッサンス」に向かうクルマの多いこと。
温泉が気持ち良い季節ですからねぇ。
今回は、その誘惑を捨てます!
ここからは、勾配は緩くなるのですが、大腿部がかなり痛くなって来ているので、ストレッチを入念にして出発!
2回休憩を入れ、11:51最高点に到着しました。
息は殆ど上がることはありませんでしたが、もう太腿は水枕が溶けかかったようにパンパンです。
箱根駅伝の第5区走者は、ここから更に元箱根までを、僅か71分強で走ってしまうのは信じ難く偉大なことです。
芦の湯を右手に見る頃から、弱い雨が降り始めました。
下りで降られると身体が冷え切るので、そそくさと雨具を着て、いま来た道をダウンヒル!
若干路面が濡れているので、気をつけます。
2時間半弱かけて一所懸命は、湯本まで僅か26分でした。
湯本の「弥次喜多の湯」で一っ風呂浴びて、酒匂川まで戻ります。
さて、実はこのスティントが、一番苦しみました。
風呂に入ってストレッチもしたのですが、乳酸が溜まっているので腿が痛くてピッチがあがりません…
時間計測も忘れ、クルマに戻ったときは、足がピクピクと引きつっていました。
あぁ疲れた~。
しばらくストレッチをして、小田原に向かい「鯵の寿司」を食べて帰った次第でした。
正直のところ、最高点には行けないだろうと予想していました。
膝が痛くなるのではないかと考えていたからです。
幸いにして、苦痛もなしに登り切れたのは、やはりスポーツジムに週3日通ってきたお陰だと思います。
すべからく、コツコツと続けることが大切だと改めて認識した、箱根ヒルクライムでした。
新幹線との乗り換えで利用することはあっても、駅を出る機会がないので、駅前は何年前かさえ思い出せないくらい久し振りです。
JRの駅舎も近代的になって、「ラスカ」になってました(平塚だけかと思ってました)。
小田原まで来たからにゃぁ、「たい・あじ・いわし・さば・うまづらはぎ」の何れかは食わにゃぁなんめぇと思い、「うおがし」と言う店に入りました。
寿司と天ぷらが主のようなので、「鯵の寿司」を注文しました。
小田原駅にも、東華軒の「鯵の押し寿司」がありますが(私居酒屋コーチは、「鯛めし」が大好き)、こちらは握り寿司です。
やっぱり、居酒屋コーチのような庶民には鯵が好いですねぇ。
と言うわけで、お土産に鯵の干物を買って帰ることにしました(本当はサバが良かったのですが)。
隣りの、干物屋を覗くと立派な「最上。5枚1300円」と言う鯵が目に入りました。
「これ、頂戴」と言って、「これは、相模湾産なんでしょ!?」と聞きました。
「これは、オランダ産だよ!今の相模湾のは小さくてね」との回答。
地元のお客さんらしき人に向かって、「今日はあとこれしか残ってないよ!」と言ってたので、それなりに人気のようです(1枚250円強ですから結構良い値段)。
居酒屋コーチは、決して観光客でもないので、オランダ産でも美味しくて、安全で、値段もそこそこなら文句は言いませんので、基本的にノープロブレムなのですが、ほかのお客さんはどう思うのでしょうか?
純粋に、地元産のみを提供するのが良いのか、それともお客さまにとって良いものを提供するのが良いのか、難しい選択です。
地元産で良いものが(適正な価格で)提供できないのにこだわる事もできないとなれば、地元産以外の商品を扱うのも仕方はないとは思います(海外に求めなければならないのは、日本の流通等の問題もあるでしょうね)。
ところで、商売を繁盛させる上で重要なのは、「馴染み客(常連)」です。
例え、観光客を主とする商売であっても、来年・3年先・あるいは10年20年先になるかもしれませんが、再び来店いただく気持ちで商売(ホスピタリティー)をしなければなりません。
そのリピート率(再来店していただける率)に効果があるのは、その店での経験を提供することだと思います。
つまり、仮に干物を買っていただけるにしても、干物を買うと言う行為を思い出にしていただくのです。
具体的には、お客さまと店員との会話を変えるのです。
「幾らですか?」「○○円です」「毎度ありがとうございます」だけの会話では、思い出にはなりません。
例えば、「これは、○○円です。それは、・・・・・・・なので」と説明し、「よろしいですか?それとも、・・・・・しましょうか?」と問いかける。
こうなると、お客さまは”会話と言う枕詞の付いた商品”を手に入れることになります。
お客さまが、それを良かったと思えば、「何時かまた来たら、ここに寄ってみよう」と言う気になるのです。
こんな小さな積み重ねがリピート率を上げることになり、繁盛につながるのです。
商品が良くないからと嘆く方が少なくないですが、商品に枕詞をつけてみませんか。
台風サンサンが近づいていますが、秋の気配も深まってきました。
今日は、オーシンツクが弱々しく鳴いていましたが、この時間はエンマコオロギの声がうるさい位になっています。
秋になれば、当然?魚が美味しくなります。
たまには、寿司でも食べに行きましょうか。
国道2号線、小瀬川をおよよっと渡ると、「おいでませ」山口県に入ります。
余談ですが、「8人目の宰相誕生!万歳!」と気の早い幟や横断幕がかかっているのでしょうね(宰相出身地7人で東京と競ってました。でもAさんて、山口弁話せるんでしょうか?)。
しばらくすると、山陽道をベースにしたJR山陽線は海沿いに南へ南へと向かいます。
かたや、国道2号線は岩国から錦帯橋をかすめ、西へ山のほうへ入ります。
そうです、電車とクルマは泣き別れになります。
私たちは、南に向かいます。
国道なら、188号線。
JRは山陽本線。
海を左手に見ながら、しばらく行くとJR山陽本線神代(こうじろ)駅を過ぎます。
そこから、少し右手を注意しながら行きましょう。
「力寿司」の看板が見えてきます。
ここの寿司は、とも角ネタがデカイ、大っきい、長い!
で、必ずしも、マグロのように柔らかくないので、時によって切らないと食べられないのです。
と言うことで、ナイフ!の登場と言うことになります。
決して、魚のネタとシャリの調和を楽しむと言う寿司ではありませんが、お試しください。
ちなみに、ここに置いてあるサザエには角がありませんので、江ノ島の味をと言う方はお薦めしません!
六地蔵巡りをしていると、その他の多くの石塔・石像に遭遇します。
庚申塔・青面金剛・馬頭観音・不動明王(大山おおやま道に多い)・道祖神や道標・忠魂碑などなど。
さらに、文字だけのものもあり、細密画のもの、彫刻のもの等いろいろです。
郷土史家の松村雄介氏によれば、神奈川県内には数十万もの石像・石塔があるとのこと。
この数は、国内でも随一ではないかとも話されています。
確かに、広島に赴任した5年間、中国5県を回っている時も路傍に石像が少ないのを感じていたので、他の都道府県も同様なのでしょう。
ほかが少ないのでなく、神奈川で良く見過ぎると言うことなのでしょう。
ところで、今日の画像は、そんな石像の中で神奈川県と言うより相模の国が信州に次いで多いといわれている、「双体道祖神」です(藤沢市東部)。
双体道祖神と言えば、信州安曇野が有名ですが、分布としては、長野・山梨・静岡・神奈川・群馬にほぼ限られるそうです。
安曇野では、木枯らしの吹く中、背を丸めて歩いていると、古いもの新しいもの、小さなもの大きなもの、質素なもの彩色された華やかなもの等、多くの道祖神から見守っていただけます。
相模の双体道祖神は、彩色されたような自らの存在を示すようなものはありませんが、路傍からお二人で静かに見つめてくれています。
「何でもキチンと私たちが受け止めてあげますよ!」と言う、パーソナルコーチのような存在感です(決して前に出ない)。
元々、道祖神は「塞の神(さえのかみ)」と呼ばれ、「村境や峠などにあって、外部から村落へ襲来する疫神や悪霊などをふせぎ止めたり、追い払ったりする神。また、行路の神、旅の神、生殖の神ともされる」とのこと。
いざとなった時に活躍していただける神さまです。
好きだなぁ、こう言う存在感って。
こちらは、旧鎌倉郡小雀村にいらっしゃいます。
下り湘南電車に乗って、戸塚を過ぎ、日立・ブリジストンの工場を右手に見て、住友電工の工場が見える頃(JNRが湘南電車と言ってた頃はネコスもありましたね)、冬場は丘の向こうに富士山が見えてきます。
その時に、富士山の手前にUFOのような円盤に気づいている方も多いと思います。
子供でなくとも何だろうと興味を持たれた方も多いのではないでしょうか。
実は、あれは横浜市水道局の施設なのです(今は細長いタンクの方が目立ちますが)。
あの辺りが、今の小雀町で、小雀浄水場と呼ばれています。
クルマを運転される方は、一度は渋滞でイライラしたことがあると思いますが、国道1号線原宿交差点がそばにあります。
箱根駅伝で鶴見からの第2走者が、権太坂・ワンマン道路(最近言わないなぁ)を経由し、最後の長~い坂(力尽きる選手の悲劇の傍観者になるべくTV中継を見ている方も多いでしょう)をひいこら言って上って着く戸塚中継所から、更に上った高さに浄水場はあるのです(そうなんです中継所から実はまだ選手は坂を上るんですよ。第3走者なんで余裕はありますけどね)。
と言うことで、箱根駅伝は箱根の山は論外として、結構アップダウンがあるんですよ。
大したもんです、ホント。
さて、六地蔵さまですが、かなり立派な屋根を守られています。
しかし、お地蔵さま自身は最近の新しいお姿です(画像では分かりませんが、カワイ~お顔をした現代風です)。
台座には、「寛政七年」とありますので、最初?は18世紀末にお祀りされたのでしょが、風化かいたずらで新しいものにすることになったと推測されます。
新しく現代風になっても地域の方に愛され守られ、地域を守ってくれるお地蔵さまです。
こう言った小さな伝統を大切にしていきたいものです。
先日の友人の結婚パーティーには、クルマ好きがたくさん参加しました。
そのうちの珠玉の1台が、こちらのアルファロメオ・ジュリア・スパイダーです。
これぞ、アルファの赤です。
クルマはやっぱり、ソリッドの赤が好いですよねぇ。
このエンブレムは、ご存知「ピニンファリーナ」です。
やはり、赤にこのマークは絶景です(携帯でもボケが入ってくれました)。
ピニンファリーナと言えば、アルファの外に、フェラーリやプジョーの委託生産が有名です。
数は多くないですが、他メーカも発注してます。
米GMが、キャディラック・アランテと言うオープンカーのボディを空輸してアッセンブリーしたなんてこともありましたっけ。
大西洋にラインを引くだけのブランド力があるということなんですね。
彼らが強いのは、デザインをモノにする力が秀でているからでしょう。
大手メーカは、どうしても生産性を考慮したデザインを優先しがちですから、デザインに力がなくなります。
しかし、本当の作り屋は、デザインした意図に納得(共感)出来れば、寸暇を惜しんで酒を呑みながら考え考え悶絶して、知恵と技を100%以上発揮します。
蒲田や台東区の町工場には、そんなオヤジが一杯いました(います)。
彼らと居酒屋で一杯やれば、まだまだ世界に引けをとらない逸品が世に生まれるんでしょうが…。
でも、作り笑顔の愛想ばかり良いチェーン化した居酒屋では、絶対生まれないよなぁ…。
フレンチを楽しんだ後、もう一っ風呂浴びようかと、「はったらかし温泉」に向かいました。
出遅れ感はあったのでしたが、やはりタイムアウトで入ることが出来ませんでした。
温泉は山上にありますので、ひたすらシルクハットの壁?胴?を登ります。
途中、「三大夜景」との文字の看板がチラッと見えました。
「そう言えば、三大夜景って何だっけ?函館山とぉ、六甲山とぉ、あと何処だっけ?ここなのかなぁ?」なんて、話しながら行きました。
帰宅後、ネットを見てみると、もう一つは、「長崎の稲佐山」のようでした。
となると、あの看板は?
さらにネットを叩いてみると。
「新日本三大夜景」と言うのが見つかりました。
恐らく、看板には「新日本三大夜景」と記載されていたのでしょう。
そうなんです。
「ほったらかし温泉」へのルート上にある、「笛吹川フルーツ公園」が新三大夜景の一つに選ばれているのです。
確かに、温泉から臨める甲府盆地は、ハイカラなシルクハットの底に立ってしる旗に灯がともっているように見え絶景です。
さて、ここまで書くと、「新三大夜景の残りの二つは何処?」となりますね。
二つ目は、奈良市「若草山」だそうです。
東大寺や春日大社を控えた格子状に光が輝いているのでしょうか?
三つ目は、九州は北九州市「皿倉山」との由。
今日の画像が、皿倉山の夜景です。
JR八幡駅から、えっちらおっちら歩き、「帆柱ケーブルカー」とリフトで頂上に上がります。
頂上からは、眼下に北九州市街と響灘が広がります。
戦後の日本を支えた「石炭」と「鉄」の街と港です。
筑豊炭田(若い方は聞いたこともないでしょうね)から産出される石炭を利用した工業が発展し、石炭や工業製品の積み出しで港も栄えました。
さて、皿倉山からの夜景の特徴に、画像では分かり難いのですが、「漁火」が海一面に見られ、街より明るいくらいなことです。
響灘・玄界灘は、イカが有名ですが、それはそれは大変な漁火の数です。
博多のイカの消費量が推し量れます。
ホンと、イカの生き作りは美味しいですものね。
これからの季節が皿倉山の夜景は最高でしょうが、標高が高く風が強いので、寒さ対策に、羽織る一枚を持っていくことをお奨めします。
「片倉館」から中央高速に乗り、1015mの最高地点を過ぎしばらく南に下り、韮崎ICを下り2~3分でこの店に着きます。
ところで、中央高速最高地点は「○○峠」とは、言われません。
高速で何とか峠とは、呼称しないようですね。
ちなみに、あの辺りは国道20号線では「富士見峠(952m)」と、JR中央線最高地点956mに近いところです。
富士見峠は、「南に転がれば太平洋、北へ流れれば日本海」の分水嶺である。
そう言えば、広島では瀬戸内海と日本海の分水嶺を、「陰陽分水嶺」と呼びます。
ちょっとお洒落な呼び方ですよね。
富士見峠から南に下り切ると、甲府盆地に入ります。
甲府・勝沼を抜け、20号線をさらに東京に向かうと、どんどん上って今度は笹子峠です。
川の水は、東南方向に向かい富士市に抜けますが、かように甲府盆地は山に囲まれています(西は南ア、北東は八つ)。
そんな状況を、太宰治は次のように評しています。
「甲府は盆地である。
四辺、皆、山である。
小学生のころ、地理ではじめて、盆地という言葉に接して、訓導からさまざまに説明していただいたが、どうしても、その実景を、想像してみることができなかった。
甲府に来て見て、はじめて、なるほどと、合点できた。
大きい大きい沼を、掻乾(かいぼし)して、その沼の底に、畑を作り家を建てると、それが盆地だ。
もっとも甲府盆地くらいの大きい盆地を創には、周囲五、六十里もあるひろい湖水を掻乾しなければならぬ。
沼の底、なぞというと、甲府もなんだか陰気なまちのように思われるだろうが、事実は、派手に、小さく、活気のあるまちである。
よく人は、甲府を、『擂鉢の底』と評しているが、当たっていない、甲府は、もっとハイカラである。
シルクハットを倒さまにして、その帽子の底に、小さい小さい旗を立てた、それが甲府だと思えば、間違いない。
きれいに文化の、しみとおっているまちである。」 <「新樹の言葉」より>
閑話休題、そのお店のフランス料理のデザートに、この「自家菜園の巨峰とそのジュレ・クリームチーズのアイスクリーム」をいただきました。
巨峰をワインで煮たものがベースになっています。
甲府盆地は、フルーツの町であるから、実に新鮮なものが手に入ります。
それから出来る甲府のワインも素晴しい。
良いところを喧嘩させずに調和させています。
ほんと、シルクハットの底に小さな小さな旗を立てた町に相応しい逸品でした。
帰りに、やはり自家菜園の「ピオーネ」まで貰い幸せな一日でした。
昨日は、友人の結婚パーティーで蓼科に行ってきましたので、帰りに上諏訪温泉「片倉館 千人風呂」によってきました。
残暑厳しい日と言うこともあったと思いますが、お湯がすごく熱く感じられました。
今までは、スキーの帰りに入ることが多かったので、丁度良いお湯の温度と思っていたのですが。
湯温が高いせいかお客も少なくゆっくり出来そうでしたが、残念ながらすぐにのぼせてしまいました…。
「片倉館」は、現片倉工業の前進である、絹関係で財を成した片倉財閥が地域との交流を目指して作られたものだそうです。
今の片倉は往時の勢いはありませんが(一時は自転車も作ってましたね。当然、片倉自転車シルク号でした)、和田峠と内山峠を越えた富岡市に、「富岡工場」を所有しています。
富岡工場は、「あぁ野麦峠」で有名な旧富岡官営製糸工場を引き取ったもので、現在は稼動はしていませんが、赤いレンガが歴史を語る建造物として保存して、一般への見学を実施しています。
ちなみに、富岡市のある群馬県は、製糸工場とその企業城下町の家並みを世界遺産としての登録を働きかけているようです。
そんな片倉館・千人風呂です。
全国有数の湯量を誇る諏訪温泉ですので、1m位の深い湯船です。
背の低い方は立って入浴するようになりますが、湯の底に小石が敷き詰めてあり、立って足踏みすると足裏に刺激され温泉効果が高められます。
これから、熱いお湯が楽しい季節になります。
紅葉狩りと新蕎麦に合わせたプランを考えられては如何でしょう。
季節はずれで恐縮ですが、伝統つながりと言うことでご勘弁ください。
これは、「都団扇(みやこうちわ)の千鳥」と言います。
鰻屋さんでパタパタやって匂いでお客を誘うための?一般的な団扇は、竹やプラスチックの柄(取っ手)と骨が一体になっていますが、この都団扇は取っ手と骨が分かれています。
骨に紙を張った(貼った)本体を、長手方向に二股になった取っ手に挟む構造になっています。
画像の「千鳥」は、取っ手が千鳥の格好をしているのでそう呼ばれます(天地が逆さですけどね)。
長手方向で40センチあり、骨の腰も強いので、風量はたっぷりあります。
また、取っ手が大きく持ちやすいので優雅に風を送ることが出来ます(浴衣の帯に指すのは難しいですが)。
本体の盤面の大きさと横長なので、絵柄の自由度が大きく、ご覧のような浮世絵風の絵柄を入れても自然な感じに納まります。
現在、関東地方には職人が一人しかおらず製作数が限られており、専門店?や大手百貨店等でないと手に入らないようです。
後継者がいなければ、また一つ伝統が消えていくことになります。
そんなことで、夏になってからだと、好みの柄等を入手するのは難しくなると思います。
残暑は続いていますが、来年の夏を浴衣と共に優雅に過ごしたい、あるいは、自分の好きな絵柄のものを飾っておきたいという方は、今から注文をされることをお奨めします。
日本の伝統を残せるのは、やっぱり私たち一般庶民なんですね。
「権五郎力餅」屋の前を西に極楽寺方面に向かうと、鎌倉七切り通しの一つ「極楽寺切り通し」の坂がやってきます。
ここ20数年程、紫陽花の時期になると、山ノ内の明月院と並びTVで良く紹介される「成就院」が、切り通しの迫ってくる崖の影で暗くなりつつある手前にあります。
その成就院の入り口と切り通し道を挟んで反対側に、こちらの六地蔵さまはいらっしゃいます。
「日限六地蔵」と呼ばれて大切にされています。
それ故ご覧のように、銀座通りの高級衣料品店のショーウィンドガラスを守るかのような堅牢なシャッターに囲まれています。
お地蔵さまの脇に注意書きがあり、相次ぐ盗難や破壊に耐え切れなくこんな風にせざるを得なかったとの由。
平成7年に新しいお地蔵さまが祀られ、このような寂しい様子になってしまったようです。
どうして、こんな心無いことをする方が世の中にいらっしゃるのでしょう…。
かたや、巷間では、日本の伝統を守るべきだから、「皇室典範」見直しに反対すると言う声が一部で大きくなりつつあります。
確かに、皇室は日本の伝統であることは間違いありません。
ですから、日本の伝統を守るためには、考えられる範囲で守る手を用意しておくことが、日々様々な伝統や文化が無視され破壊され失われていく近代日本においては、必要だと思います。
皇室典範を見直す議論は、是非多くの国民を巻き込んで時間をかけて行い、結論を出すべきだと思います。
何せ、「天皇」は、日本国憲法第1~8条によって規定され、国と国民の象徴なのですから。
こう言った想定される危機等に対する議論は、どうも日本人は得意ではありません。
多くの場合で、ほかに今やるべきことがあると言って先送りにしたがります(企業でも多く、リコール等の代価を支払うケースが少なくありません)。
しかし、何らかの危機が生じる可能性がわかっていて、行動を起こさなければ、本当にその時がやってきた時には、恐らくすくんでしまって冷静な判断や行動は起こせなくなります。
ネズミがネコを前にしてすくんでしまい挙句に「窮鼠猫を咬む」の例えのように、所詮勝ち目のない行動をすることにつながりかねません。
日々からコツコツと可能性に対し手を打っておくことは、平和を願い、恒久の平和を実現するために重要なことなのです。
少し話しが大きくなってしまいましたが、将来において想定されることに対し出来るだけのことをしていくという行動を決めていく習慣を、国家でも企業でも家庭でも個人でも身につけておくことが必要です。
そう言った習慣が身につけようとする態度が、私たちが大事に守ってきたお地蔵さまをお祀りする等の、小さな伝統・文化を守られていくことにつながると思います。
小さな文化や伝統の集大成が、現在の日本の文化・伝統です。
皇室もその一つにほかなりません。
繰り返します、日本の伝統・文化を残していくために、皇室典範の見直し議論は継続するべきだと思います。
チャンスを失して、再びチャンスが訪れないことは嫌と言うほど経験しているのですから。
「過去に盲目になるものは、現在(未来)においても盲目になる」と、ワイツゼッカー元西ドイツ大統領の言葉を忘れてはいけません。
アフリカ原産のアオイ科の一年草だそうです。
ちなみに、オクラは”OKRA”英語だそうです(知らなかった)。
計画(大袈裟)では、7~8月に収穫を目指していたのですが、初夏の天候不順と、双葉の時に虫に喰われたりしまして、3回目の種蒔でやっとここまで来ました。
気づかないうちに花が咲き実になりました。
まさか天に向いて生るとは夢にも思いませんでした。
煎餅のように薄っぺらで硬い私居酒屋コーチの脳みそでは、花が複数咲き→そこから下に向いて鈴なりに実が付く、ものだと思っていました。
こんなに健気に空に向かって伸びていく姿を見て、流石にアフリカの澄んだ空気の高い空の下で生まれた植物なんだなぁと、妙に納得してしまいました。
あと、大きな声では言えませんが、ついつい自分の股間を眺めてしまう居酒屋こーち(あら、字が裏がえっちゃった)でした。
さぁて、収穫は2~3日後かしら?
肥えるのは、馬ばかりじゃないって…。
先日、20世紀末まで赴任していた広島の友人から、「去年から、京橋川でオープンカフェやってるんよ」と情報を得ました。
広島には、県北部から流れてくる太田川(呉や江田島への水道道が崩落して断水している「水」は太田川の水です)が、市内に入る前に、6本に枝分かれします。
西から、「放水路(人工)」「天満川」「本川」「元安川」「京橋川」「猿猴川」と呼ばれます。
その東寄りの「京橋川」に、オープンカフェが開かれているそうです。
京橋川は、JR広島駅から比較的近く、繁華街のある中洲の手前にある川です。
京橋と言う地名はなく、京橋と言う橋があります(原爆でも残りました)。
私居酒屋コーチは、JR駅から毎日この橋を渡って通勤しました。
そう言えば、オウムのサリン事件の一報を橋の上でラジオで聞いたなぁ。
さて、オープンカフェですが、聞けば昨年10月から開かれているとのことです。
3月に行った時は京橋は渡りましたが、カフェには気づきませんでした(教えてくれなかったし…)。
そして、その名前が、「京橋R-Win(リバーウィン)」との由。
元々、川の脇を10m程度の幅の遊歩道(酔っ払って良く歩きました)があるところに4軒のお店があるそうです。
馬肉のしゃぶしゃぶなんて言うのもあるそうな。
広島はご存知の通り、夏場は夕方になると「夕凪」と言う無風の地獄のような時間がやってきますが、これからは川面を通る風がとっても気持ちの好い季節です。
ちょっと寒ければお酒もさらに美味しいし。
広島に行かれる際は、是非寄ってみたら如何でしょうか。
神奈川県はご存知の通り、「相模の国」と「武蔵の国」の一部で成り立っています。
ここは、その一番南に位置する国境(くにざかい)にある六地蔵です。
「傍示堂(ほうじどう)の石塔群」と呼ばれる中に、2組いらっしゃいます。
一組は、舟形の石に浮き彫りしてあります。
もう一組は、可哀想にもお首が全部落とされています。
20世紀末に、山梨富沢町の六地蔵さまのお首が落とされたことがありましたが、悪戯か怨みかでそう言うことをする輩がいるようです。
何かにつけ形あるものを壊すのは、人間の性(さが)なのでしょうか…。
こちらは、1体以外は石が首の替わりに置いてありました。
ホントに寂しい限りです。
皆さんも、路傍の六地蔵にお会いしたら、ちょこんと頭を下げお顔を拝顔しましょう。
その笑顔に会えれば幸せな気分になれるでしょうし、もし、お首に傷があるようでしたら自分にもそう言う潜在的な性が隠されているかもしれないと思ってみましょう。
そうやって機会ある毎に考えること(自分の気持ちとコミュニケーションする)が、怒った時・興奮した時・ムカついた時等に、今までよりは自分の気持ちを抑えることが出来るでしょう。
世界中の皆んながホンの少しそうなってくれれば、紛争は絶対に減ると信じている居酒屋コーチです。
7月は変身して雨で多くの災害を出しましたが、8月は暑く熱く頑張ってました…
そんなことで、熱帯夜にクーラーや扇風機(私居酒屋コーチはこれ)を使い過ぎて、身体がだるい、夏バテと言う方も多いのではないでしょうか。
夏バテには、「ファイトォ~1発!リポビタンD!」などの栄養剤ととともに、「養命酒」飲んで滋養付けようと言う方もいらっしゃるでしょう。
広島の東部「備後」地方に行くと、養命酒より「保命酒」が有名です。
醸造所は「鞆(とも)の浦」と言う地に4店あるそうです。
江戸時代から作られているそうで、お店もそれなりの重さを感じさせる造りです。
鞆の浦は、江戸時代の瀬戸内海海運の要衝でしたので、保命酒のようなものも重宝がられたのでしょう。
ですから、市街には歴史的にも観るべきものが少なくありません。
福山駅からバスで行くので、若干足が良くありませんので、事前に良く調べて効率的に訪れることをお奨めします。
お土産に、保命酒はいかがでしょうか。
昨日、2016年夏季オリンピックの国内開催地候補に東京が決まりました。
東京が良いのか福岡が良いのかはコメントしませんが、今夜は多くの居酒屋で喧々諤々の意見が飛びかったでしょうね。
ちなみに、画像は香港ホリデーインの壁面に「北京2000」と電飾してあります(この日、シドニーに決まりTV番組はお通夜のようでした)。
私居酒屋コーチが考えるのに、オリンピックや万博のような手垢にまみれたイベントなどが、今の日本に必要なのでしょうか?
居酒屋コーチは、日本は観光立国で生きていくべきだと思っています。
資源も少なく国土も小さい日本が世界の中で生き残っていくには、「信頼(尊敬)」される国になる必要があります。
外交上のもっとも効果的な戦略だと思っています。
そのためには、もっともっと日本を知って貰うことが重要なのです。
それには、来日して貰い実際に見てもらい触れてもらうことが一番だと思っています。
現実、日本人はそうやって外国に親近感や信頼感を感じています。
全世界から来日を促し、より良く知って貰う方法に「東京オリンピック」でなく、もっとオリジナル性の強い方法を用いる必要があると思います。
日本には、京都・奈良以外にも伝統的な物件や風習があります。
それだけではありません、こちらのBLOGでも紹介させていただいていた、「路傍の六地蔵」「神楽」「飾り瓦」のや「お祭り」「盆踊り」「民謡」なぞ、たくさんあります。
もちろん、美味しい料理もあります。
当然、美味しい日本酒・焼酎もあります。
そして、多くが西洋化の波に押され「風前のともし火」状態にあります。
過疎化そして高齢化が、その伝統・文化の担い手を奪っているのです。
「東京オリンピック」で、インフラ整備をしても、何れまたパンクするでしょう。
ましてや、地方の空洞化や過疎化を止める策には全くなりません。
それは、文化・伝統が消えていくことと同義になります。
このBLOGでこれ以上書く紙幅もありませんので、この辺にします。
居酒屋コーチが出来ることは、街角にある小さな文化・伝統を少しでも紹介して、日本人自らが残して生きたいと思うようになるために貢献することだと信じています。
今後も、少しずつここに書いていきたいと思っていますので、よろしくお願いします。
少しでも応援していただければ嬉しいです。
明後日から、富山県富山市八尾町(2005年に富山市と合併)で、「おわら風の盆」が始まります。
私居酒屋コーチは、「風の盆」は訪れたことはありませんが、当時の八尾町には行きました。
JR高山線「越中八尾」駅から、町営バスに乗って中心街に入ります。
「風の盆」が催される中心街は、駅と同じ標高にある井田川から爪先立って上った地点に細長く佇んでいるので、必然的に駅から遠くなったと思われます。
画像は、中心街にある商店街「上新町商店街」です。
この通りと平行して、石畳の通りが左右(上下)にあり、3本の通りが緩やかに坂を上っていきます。
上手の通りは、「日本の道百選」に選ばれていて、電信柱も撤去されていて(ほかの通りも絶対的に少ない)、歩いていく人と自動車が敵対視しないで済むようになっています。
ご他聞に漏れず、生活に自動車がないと成り立たないので、こう言ったインフラは公共事業としてやるべきだなぁと現地に行くと常に思うことです(特に雪国では)。
居酒屋コーチが訪れた時期は、「曳山祭り」(実は曳山は豪壮らしいです)が終わり、山車(楽車?)を来年に備えて整備をしながら片付けをしていました。
天気も良く、クルマを洗車したりしているノンビリとした風景でした(ペットブームでしょう、外来種のシーズーも日向ぼっこを決め込んでしました)。
「風の盆」がゆったりと時間が流れていくように、全体に角が無い無闇な力の入っていない肩の凝らない町のようです。
お昼は蕎麦屋で蕎麦を食べましたが、次に行く時には昼時間をずらしてゆっくりと富山の酒を呑みながら時間を過ごしてみたいと思っています。
特に北部・西部が盛んのようです。
私居酒屋コーチは、赴任時は殆ど知識も情報もなく、悔しいことに殆ど観劇には行きませんでした。
画像は、島根県の石見神楽の演目で有名な「八岐大蛇(やまたのおろち)」です。
神話の国、島根県の神楽は「出雲神楽」「石見神楽」としてブランド化?しています。
広島県もその影響を受けているようです。
各市町の村の鎮守毎くらいに神楽団があります。
その中には、芸術的にも技術的にも高いレベルにある神楽団があるようで、北部では競演会が幾つも催されます。
ですから、衣装や大・小道具にお金がかかっていますので、観ていても非常に奇麗で楽しいです。
辞典などによると、東日本では台詞はない(少ない)ようですが、台詞もあり分かり易く観ることが出来ます。
秋(安芸)の宮島にお出でになる方は、広島市街の会場でも開催されますので、ネットで「神楽」の競演会の日程を確認されることをお奨めします。
神楽は、庶民が粛々と守り抜いてきた日本の伝統芸能です。
是非、観に行って将来に残す貢献をしましょう。
居酒屋コーチも行きたいで~す。
六地蔵は、六道すなわち、地獄・餓鬼・畜生・修羅・人間・天上にて助けてくれる地蔵菩薩のことです。
各々、「大定智悲地蔵(地蔵菩薩)<地獄>」「大徳清浄地蔵(宝手菩薩)<餓鬼>」「大光明地蔵(宝処菩薩)<畜生>」「清浄無垢地蔵(宝印手菩薩)<修羅>」「大清浄地蔵(持地菩薩)<人間>」「大堅固地蔵(堅固意菩薩)<天上>」と呼ばれます(経典等によって呼び方は異なるようです)。
そして、各々手にされている物が異なっています。
「大定智悲地蔵=錫杖・宝珠」「大徳清浄地蔵=宝珠・与願印」「大光明地蔵=宝珠・如意」「清浄無垢地蔵=宝珠・梵筐」「大清浄地蔵=宝珠・施無畏印」「大堅固地蔵=宝珠・経巻」を手にしています。
今日の画像は、藤沢常光寺の墓地前のお地蔵さまで風化も少なく、上記の様子が良く分かります。
かように、どんな世界でも一つとして同じものはありません。
そして、その貴賎・優劣はありません。
この原則を認めることが、私たちパーソナルコーチの大切な心構えです。
(ちょっと飛躍したかな…)
鎌倉七切り通しの一つ「亀ヶ谷」切り通しピーク近くの六地蔵さまです。
大きな一つの石に六体掘り出してある質素なものです。
山ノ内から扇が谷に抜ける切り通しですから、幕府方面にストレートに行き難いので閑道であったのではないかと思います。
巨福呂坂の切り通しには、建長寺も盛隆し幕府との主要道になったのではと推測されます。
そんな寂しい切り通しに相応しいような六地蔵さまです。
民家からもやや遠いことや、正面だけが浮き出ている姿で、よだれ掛けや帽子を着せ難いためでしょうか、赤色が殆ど抜けてしまうほどなってしまっています。
質実剛健な武士の世界に相応しいとは言えるのでしょうが、少し侘しい時間が流れていました。
「富岡厄除け(六)地蔵」 のある国道16号を金沢文庫から西にはずれ、しばらく行って釜利谷にある六地蔵さまです。
現在は、背面に大きなマンションを抱え少し居心地が悪そうです。
ご覧の通り、日本人離れ(お地蔵さんは何人?)したスマートな姿です。
路傍のお地蔵さんの作者は、多くは名も無き石工さんなのでしょうが、どんな思いで彫り上げたのでしょうか。
寄進した大家や村の代表の「○○なお地蔵さんにして欲しい」と言うリクエストもあるでしょうが、今となっては知ることが出来ないことが多いでしょうね。
しかし、こうした路傍のお地蔵さんによだれ掛けや帽子を着せ大事にしている環境に接すると、日本の行く末もまだ大丈夫かななんて考えてしまう私居酒屋コーチです。
昭和10年(1935年)の銘があり、比較的新しいお地蔵さまです。
ですから、風雨による磨耗も殆どなく目鼻もしっかりしています。
画像にはありませんが、正面右手(地蔵の左手)に「1526年、南総里見氏が鎌倉攻めに応戦し戦死した、渡内福原氏や大船甘粕氏一族35名を供養した」塚(碑)があります。
この塚の前の道をしばらく行くと、駅弁の「大船軒」があります。
事務所は昭和初期?のモダンな建物です。
先日、「鯵の押し寿司」の鯵が小さくなったと言う記事を書きましたが、鯵と言う魚は必ずしも大きくない方が美味しいとの話を太公望から聞きました。
「鯵の押し寿司」は小さ過ぎますが、大きい鯵は「おおあじ!」らしいです。
お後がよろしいようで。
と言っても、横浜の路傍の六地蔵では特に大きな縁日はありません。
巣鴨のとげ抜き地蔵さん辺りでは、普段より夜店も多いでしょうけど。
そう言えば、広島赴任時に住んでいたそばの、港に近い大釣井地蔵さまでも、子供が集まってほんのちょっと華やいでいましたっけ。
本日の画像は、金沢区富岡の「厄除け地蔵」の六地蔵さまです。
真夏の暑い最中でも、立派な屋根で溶けるような日差しから守られ微笑んでらっしゃいます。
明治の初め、隣り村で疫病が流行りましたが、富岡村の村はずれにあったこのお地蔵さまが守ってくれたお陰で疫病が流行らずに済んだという言い伝えがあります。
こちらは春に大祭が催されるそうです。
お地蔵さまは、常に笑顔を絶やさずに全てを受け入れて、子供を守ってくれる慈悲深いお方(菩薩)です。
私居酒屋コーチも、笑顔を絶やさずに全てを受け入れていく素晴しい姿勢は、パーソナルコーチングでも見習うべきと肝に銘じています。
以前も記事にしましたが、今週末土曜(26日)群馬県富岡市のIHIエアロスペース社工場が、オープンデーになります(お祭りなんです)。
日本の宇宙開発を担ったロケットの実物大模型(本物は飛んで行っちゃいました)や小型模型を展示されているのを見ることが出来ます。
こんな小さいのかと思うようなものから、こんなんで宇宙に行けるのぉ!なんてものもあります。
例えば、プラスチック製ロケットやゴルフクラブで知られるチタンで出来た薄っぺらいロケットなどが展示されています。
ちなみに、その薄さ(0.6mm。シャーペンの芯並み)は一抱えもある(75センチ)お椀状の部品が、扇風機の風で「ブワン・ブワン」とたわんでしまうほどですから!
「百聞は一見に如かず」です。
軽井沢銀座もアウトレットも今週末がバーゲンの最後くらいでしょう。
話の種に寄ってみて下さい。
場所は、こちらからどうぞ。
昨年、苗から育てて20数本収穫した、「(長)レイシ」(ゴーヤ)が7月過ぎ、収穫し損なって熟れ過ぎ実が弾けた種から勝手に芽を出しました。
先日、1つ目の雌花が咲きました。
ゴーヤには、雄花と雌花があり、レイシは雄花だけがしばらく咲いてから雌花が咲くようになります。
雌花はご覧のように花の下部(子房?)の部分が小さなゴーヤの実状になっています(カボチャもそうですね)。
2週間くらいで収穫出来る大きさになるはずですが、元々F1種だと思うので美味しい実は獲れないかもしれません(土も何もしてませんし)。
同様に勝手に出てきたミニトマトは、上手く熟れず美味しくありませんでした。
美味しい野菜等を作るための技術なのでしょうが、種(しゅ)が代々つながっていかないのは疑問を感じます。
クローンは、その究極みたいなものですから…。
味・収量・形・防虫等の効率を求め続けることは、間違っていないとは思いますが、単一の基準で善し悪しを決めていく流れ(風潮)は、決して好ましい結果を生みません。
戦争は代表例です。
宗教・文化・人種・地域等を、善し悪しで相手を否定しようとする結果が戦争ですから…。
多様な価値観を受け入れお互いを認め合い、Win/Winを目指すことが人類にとって必要です。
私居酒屋コーチが提供するパーソナルコーチングは、Win/Winの志向を高めるツールでもあります(宣伝でした)。
米海軍第7艦隊旗艦ブルーリッジをやり過ごし、海上自衛隊?潜水艦と「飛鳥Ⅱ」とすれ違い、「サバ」1匹をトローリングで釣り、14時過ぎに保田に無事到着。
うねりも無く快適なクルージングでした。
保田に着くと、ビジターポンツーン(桟橋)には大型モータークルーザーが3杯・セーリングクルーザーが2杯だけと(その後、我々の船とモータークルーザー1杯で計7杯だけが翌朝まで停泊)、とても夏のトップシーズンとは思えない状況。
おかげで、「ばんや」にも並ばずサクッとはいれました。
陸上からのお客さまも少ないようで、売り切れメニューも殆どなく、「やった」と言う気持ちでしたよ。
「金目鯛の刺身」「イカのかき揚」「鯵のなめろう」「朝獲れ850寿司」を注文しました。
ご覧の通り、漁師風の大胆な料理の仕方です。
刺身は厚く、量は多いです(テーブルの上にもそう書いてあります)。
注文する際は、周りをぐるっと見回して料理の量を確認して頼まれることをお奨めしま~す。
天気予報と違い、18・19日は思った以上に天候が晴れました。
台風10号(ウーコン)のうねりも全く無く、風も弱めでノンビリ保田に向かいました。
18日朝米軍横須賀港から、第7艦隊の旗艦「ブルーリッジ」が太平洋に出て行きました。
ほかの艦船を連れてはいませんでしたが、既に出航していて(19日午前中は、米艦船とはすれ違いませんでしたので)、どちらかで演習でもするのでしょうか?
先日の根室沖の事件など、最近どうも日本周辺がキナ臭いと感じるのは、私居酒屋コーチだけでしょうか?
個人間のコミュニケーション同様、国家間でもボールを投げ合うコミュニケーションは必要です。
個人間での良好なコミュニケーションを実感出来ていない方が多くなりつつ、お互いの主張をWin/Winで実現していく経験が少なくなっているのが、国家の対立を生むことにつながっているのかもしれませんね…
パーソナルコーチングを通して、国家間の平和貢献に貴方も寄与してみませんか。
台風でキャンセルになったアイランドホッピングの替わりに、鋸南町保田漁港に行くことにしました。
若干のうねりは残っているでしょうし、東京湾入口に当たりますので、何時も以上に大型船に気をつけなければなりません。
天気も曇り勝ちで、月遅れの盆休みもボチボチ終わりでしょうから、保田漁港直営「ばんや」もそれほど混んでいないと思いますので、美味しい魚を堪能できると期待してます。
九州地方の方には申し訳ありませんが、気をつけていって来ま~す。
私居酒屋コーチは、アブラとミンミンゼミの抜け殻の違いは分かりません…
セミ捕りをしていた頃は、圧倒的にアブラの数が多くて、貴重なミンミンの抜け殻がどんなかなんて考えたことがありませんでした。
ですから、大きい抜け殻はアブラ、小さめのがヒグラシかツクツクホウシと決めていました。
今でも殆ど見ることはないクマゼミは横浜にはいませんでしたから、大きいのはアブラ!と考えていました(大体、抜け殻に余り興味はなかったですが)。
ここ数年は、ミンミンがホント増えました。
今年なぞは、ニイニイゼミもアブラも鳴く前から「ミ~ン、ミ~ン」とやかましく鳴いていました。
そんな点では、変な夏(天候)です。
通常は、立秋を過ぎると鳴く出すツクツクホウシもまだ一回しか聞いていません。
そう言えば、皆さんはツクツクホウシの声はどういう風に聞こえますか?
居酒屋コーチには、「オ~シン・ツクツク・オ~シンツクツク」と聞こえ、「オ~シンツクを捕まえた」と言う風に、何も不思議に思わず言ってきました。
高校生になったある日、電車の中でどこかの子供が、「ツクツクオ~シ・ツクツクオ~シ」と泣き真似をしているのを聞いてドキッとしました。
そうか、「ツクツクホ~シ」と聞こえるから、ツクツクホオシなんだと初めて気づきました。
セミの名前を深く考えたことはなかったんですね。
ところで、一体、「オ~シン・ツクツク」と「「ツクツクオ~シ」と、どちらの真似をする方が多いのでしょうか?
どうでもいいことですが、ちょっと気になった熱帯夜でした。
ウーコンとソナムーが日本に近づいています。
おかげで、アイランドホッピングは中止になりました。
社員食堂のビーフカレーの牛肉のような8m弱の船で、彼らに向かって行くなんて暴挙は流石に避けざるを得ません(15mでも同じでしょうが)。
ネットをご覧になっている貴方は、もうお気づきですね。
そうです、台風のアジア名です。
日本で10号・11号と呼ばれているのが、ウーコン(悟空・中国)・ソナムー(松・北朝鮮)ですね。
2000年から、アジア14ヶ国・地域が命名しているとのこと。
香港・日本・ラオス・マカオ・マレーシア・ミクロネシア・フィリピン・韓国・タイ・米国・ベトナム・カンボジア・中国・北朝鮮の順で命名されていくようです。
日本は、ずっと西洋星座名から名付けています。
最近は、昨年の22号で「テンビン(てんびん座)」でした。
「てんびん座」の私居酒屋コーチはちっとも知りませんでした(被害を出した台風じゃなかったですよね)。
どうして、西洋星座なんでしょうね…
今年は13号が日本の番のようなので、何座が命名されるのでしょう?
そうそう、アイランドホッピングとは、島々をピョンピョン渡り歩くことでした。
積乱雲を刺すように「高砂ユリ」が天に向かって咲き始めました。
このユリは最近もの凄く増えました。
私居酒屋コーチのまな板のような狭い敷地に、今年はざっと数えて50本も生えています。
「高砂」の名のように台湾原産のようで、外来種なので増えすぎるのは問題でしょうね。
勿論、ユリ自身は侵略しようと思っているわけではなく、生存し子孫を増やそうと一所懸命なんでしょうが、何時か古来種を駆逐し嫌われモノになってしまうことがあります。
61年前に終わった戦争でも、私たちの気持ちもそんなだったかもしれない。
常に「自分だけが、自分だけが」と思い続けて一所懸命やった結果が戦争につながったなだと思います。
「自分だけが正しい」「自分だけが権利がある」「自分だけが出来る」などなど思うことです。
そんなことありっこないのは、冷静に考えればすぐ理解できること。
でも、出来なくなる。
もうその時は、心の中で戦争は始まっているのです。
自分以外のこと意外、目に入らなくなる聞こえなくなる。
孤立しているように思えてくる…
その先にあるのは、推して知るべきです…
居酒屋コーチが目指すのは、人は皆んな考えが違うことを理解し合う風土を広げることです。
それは、簡単なことから始められます。
まず、話相手の話を良く聞いてみましょう。
自分の意見・反論をしようと思って聞くことを止めることです。
明日は終戦記念日、小さなことから始めてみませんか。
「大船観音」「大船軒・鯵の押し寿司」「松竹撮影所」辺りでしょうか…。
「大船観音」は、戦争中は未完成で黒く塗られていたそうです(戦争は厭ですねぇ。ちなみにお臍から下が地中に埋まっている訳ではありません)。
「大船軒・鯵の押し寿司」は、湘南電車のホームで急行が停車中に、「駅弁~ん、如何ですかぁ!」と売り子さん(と言ってもおじさん)が窓に寄ってきた時代に比べると、とっても小さくなりました。
相模湾で大きな鯵が採れなくなったということらしいので(腰越「高清」でも言っていました)、悲しく寂しい話ですね。
「松竹映画撮影所」も、寅さんとともに無くなってしまいました。
撮影所近くの、レストラン「ミカサ」で俳優さんが食事していたなんて話は昔のことになりました。
いっしょに営業していた時期はありませんが、モノレールが2路線あったなんてこともありました。
跨座式(こざしき。那覇ゆいレールといっしょ)と懸垂式(上野動物園といっしょ)でしたっけ。
さて、「大船」の語源が、「常楽寺」の山号「粟舩山」です。
3代執権「北条泰時」の開基で墓所もあります。
山門は茅葺きの質素なもので、セミの声の嵐に耐える姿が清々しく感じられます。
敷石を進むと、緑青に煙る銅板葺きの質素な本堂が小さな庭園を脇に抱いて立っています。
禅寺に相応しい静かな佇まいです。
画像になる前は、「真桑瓜」のちょっと大きめみたいなもので、かぼちゃのイメージは沸いてきません。
余談ですが、最近「真桑瓜」を作付け面積が殆どなくなったとの由で、お店で手に入れるのが難しいらしいですね。
商品として劣ってしまうと、あっという間に市場から姿を消してしまうようですね…。
さて、そうめんかぼちゃですが、輪切りにして大鍋で20分くらい、ぐらんぐらんと煮ると皮を残して果肉がほぐれて素麺状になります。
味は殆どなく、サラダドレッシング等で味付けしたり食べます。
縦割りにすると、素麺が長くなるようなので、つけ汁につけて「つるつるっ」と言うのも乙かもしれませんね。
「笠地蔵」が「鶴の恩返し」とともに、モンゴルの教科書向け昔話として、小泉首相が訪問のお土産として選ばれました。
上記2話の賛否について、マスコミ等巷間いろいろ言われていますが、モンゴルの子供にも知って貰うことは嬉しいことです。
ちなみに、「笠地蔵」のお地蔵さまの人数については、地方によって数が異なるようです。
Web上にも、幾つか載っていますので読み比べてみるのも一興でしょう(ついでに、8月4日の記事もご覧いただけると嬉しいです)。
今日の「六地蔵」さまは、栄区飯島町にいらっしゃいます。
街道沿いではない、ずっと以前は水田だった脇に佇まれています。
「庚申」「二十三夜塔」といっしょです。
南向きに日当りの良い場所なので、帽子も袈裟も赤色が抜けてしまい、少し暑苦しそうです。
どうでも良い話ですが、赤色は色が抜け(退色し)易く、クルマの塗料なんかも高価です。
曼珠沙華の朱のような赤い袈裟やよだれ掛けのお地蔵さまは、周囲の方の気遣いが知れるというものです(ここの周りの人が面倒見が悪いと言う訳ではありません)。
同じ港町の神戸に比べ、横浜は余り「らしさ」がありません。
県庁や裁判所、日本郵船等の役所・法人の建物は、それなりの見ものはありますが、個人レベルでは貧困と言うレベルと思います。
日本的な建物も少ないし、明治期ハイカラ風も残っていません…。
山手十番館から外国人墓地脇を下りて、湾☆’Sがポカで負けている黄色と黒に染まった浜スタ脇を抜け、野毛に行きました。
夏休みの時期と台風一過?とは言え、客足がとっても少ないです。
個性の無い「みなとみらい」地区に客を盗られているのでしょうか?
数多い焼き鳥屋の中で、有名な「末広」に行きました。
ここだけはお客さんが一杯!
ビール大瓶(最近は中瓶が増えましたよねぇ)2本のあとに、「おおたぬき」熱燗を頂きました。
タヌキの形をした徳利の鼻が熱いので、耳を持って気をつけて注ぎました。
野毛には、港町横浜らしさがまだ残っているようでした。

レストランの十番館です。
横浜には、余りハイカラな屋根は残っていないようです…
空襲で焼けて、「…らしさ」を残そうと言う流れは、生まれなかったのでしょう…
寂しい限りですね
最新工場らしく近代的な造りの工場で、ゲストに見せること(見学)を前提にしたデザインがされています。
この日は、子供が夏休みに入って初の梅雨明け後と言うこともあり、家族連れが多数です。
見学のアナウンスも子供向けを意識してか、ビール好きには物足りない内容になった感で、私居酒屋コーチがこだわる、「お水」についての説明はありませんでした。
地理的に判断すると、箱根山系か西丹沢山系の水でしょう。
最後の試飲では、「スーパードライ」「黒生」の2種類で、ハーフ&ハーフも選べます。
試飲時間20分でお代わり自由と言ったシステムです。
おつまみに、かの有名?な「あたり前田のクラッカー」が付きます。
実は、前田のクラッカーを食べるのは初めてかもしれません(記憶にないだけ?)。
前田製菓は、藤田まこと・白木みのるほかが登場する超人気番組、「てなもんや三度」の提供会社でした。
昔を懐かしむむことが出来た楽しい工場見学でした。
さぁ残るはサッポロビールです!
鎌倉街道を少し入った公田(くでん)町永林寺そばの「六地蔵」さまです。
立派な屋根に守られ、赤い袈裟と帽子を頂き、幸せそうなお地蔵さまですね。
背丈2尺程度の光背の無い形ですが、お顔が殆ど風化してしまって分かりません。
私居酒屋コーチには良く分からないのですが、おそらく「鎌倉石」で彫られているのではないかと思っています。
この辺りは、「鎌倉石」の産地に近いと言うことと、当時の鎌倉郡(ごおり)には決して裕福な地域ではないと思われるからです。
谷戸(やと。丘陵に挟まれた谷沿いの地。鎌倉では「やつ」と言います)の多い地域で水田は広くありませんので。
「鎌倉石」は、御影石のように固くなく脆いので風化も激しいのです。
鎌倉のお寺の石段がすり減ってることが多いのは、この「鎌倉石」を使っていることもあります。
ここの「六地蔵」さまの脇にあるのは、「馬頭観音」です。
鎌倉郡には、路傍に「馬頭観音」が多いように感じます。
多くは江戸時代に作られたようで、本来の「馬頭観音」信仰よりも、農耕馬として飼われた馬のために祀ったものです。
開墾や農作業に大事に使った馬に感謝したり、病気にならずに元気であって欲しいと言う気持ちの表われなのだと思います。
ですから、この辺りの「馬頭観音」は、文字だけのものが多いですね(三面八臂の観音像と彫るとお金がかかりますから…)。
日野・春日神社の境内にあります。
隣りにいらっしゃるのは、「庚申三猿」です。
「庚申青面金剛」と共に「見ざる・聞かざる・言わざる」の3匹の猿がいる石像です(こちらのはかなり新しいものです)。
お地蔵さまの背丈は、2尺に満たない比較的に小さなものです。
可哀相に、一番左のお地蔵さまは首が落ちてしまっています。
皆さん光背を背負ってらっしゃるせいか、何も被ってらっしゃいません。
春日神社は、鎌倉街道から少し入ったところにありますが、庚申講の集会が盛んだったのか、この画像以外にも幾つかの石像があります。
神社の杜では、ミンミンゼミが暑苦しく啼いていました(今年は、アブラゼミが少ないようです)。
ところで、「見ざる・聞かざる・言わざる」ですが、私居酒屋コーチのコーチング的(勝手な)解釈をしてみましょう(そんな難しく考えませんよ)。
一般的に「見ざる・聞かざる・言わざる」とは、暴君(政治・組織・家族…)等に対して、「都合の悪いことは見ませんでした・聞きませんでした。見た聞いたなんて決して言いません」のような「こと無かれ主義」を言っているように捕らわれがちです。
日本でも、そう言った時代や国主さまがいたこともあったので、庶民が半分揶揄して作ったこともあったかもしれません。
でも、良く見てみましょう、実は猿は3匹なのです。
各々目を押さえ・耳を押さえ・口を押さえています。
目を押さえている猿は、耳で感じ口で伝えることが出来ます。
耳を押さえている猿は、目で感じ口で伝えることが出来ます。
口を押さえている猿は、目と耳で感じて、目で伝えることが出来ます。
耳だけで感じ取った感覚は、目だけで、あるいは耳と目で感じ取った感覚とは違うはずなので、同じ口から発する言葉は決して同じではありません。
また、言葉を発せず、目で伝えようとするのは、受け手によって大きく解釈が違ってしまうことが少なくありません。
こと左様に、例え同じ一つの事実であっても、感じ方・伝わり方は無限にあると言うことです。
そしてそれは、全てが正しいと言うことです。
多数派であるか少数派であるかのようなことはありますが、決して間違いではないのです。
ですから、相手を理解するには、たくさんの言葉や感情のキャッチボールが必要なのです。
「見ざる・聞かざる・言わざる」の三猿は、「キチンとキャッチボールして、お互いの誤解を減らし、いさかいを少ない明るい農村を作ろう」と私たちに訴えかけていると、居酒屋コーチは解釈したいと思ます。
合掌
日野墓地入口のそばにあり、鎌倉街道から良く見えます。
「檀陀・宝珠・宝印・持地・除盖障・日光菩薩」の六体に加え、「庚申」とある二回り大きな「庚申講」に祀る【庚申青面金剛(こうしんしょうめんこんごう)】<仏教の青面金剛と道教の守庚申の説とが混交したもの>との七体がお祀りしてあります。
比較的新しく「唱導寺」境内入口にあるため、保存状態が良いお地蔵さんです。
お地蔵さんは2尺の石仏で、可愛らしいお顔をされています。
赤いよだれ掛けに、頭から肩までの一体となった頭巾を着ています。
屋根もあり、新しいお花も添えられてあり、周囲の方に大事にされている様子が良く分かって、日本の伝統を守ろうとする風土が感じられ、ホッと心が和む六地蔵です。
私居酒屋コーチは、こう言った風景が大好きです。
ホッとするって、自分でパーソナルコーチングしているような雰囲気ですね。
最近、自分でも気をつけていて、他人の発言でも気になる言葉があります。
それは、「だから」です。
サントリーの「DAKARA」ではありません、これは「カラダ」をもじったもんですね。
ところで、今、あなたはこの言葉を聞いて(読んで)どう思いましたか?
「そう言えば、私も使ってるな!?」「△○が良く使うなぁ」「だからの何が気になる?!」「だからどうだって言うの!」「うちは子宝に恵まれてる」などなど色々考えたと思います。
またまた、「だから何なんだよ!」と言われそうですが、例えば、「だからいったじゃないの!」のように、自分の考え・主張(・立場)が基準・正しい(・強い)と言う立場で発することが多い接続詞です。
上司が部下に、親が子供に、先生が生徒に、「だから、○○しなさい」と言うのが典型でしょう。
「だから」と言った人が正義なのです。
確かに、「生き物は死ぬ。人間は生き物。だから、人間は死ぬ」の三段論法では事実を述べているので、「だから」を聞かされる側も納得できるし別に違和感もありません。
しかし、通常の会話の中で使われる場合は、自分の言って(考えている)いることは正しいと言う立場で、相手を説得・納得・懐柔しようと使い勝ちです(特に呑み屋で良く聞こえますよね)。
と言うことは、往々にして会話が一方的に押し切る形になり、言葉のキャッチボールであるコミュニケーションが成立していないことが多くなります。
野球のキャッチボールは、投げて・捕って・投げて・捕って…が長く続かないと、またやりたいとは思いません。
かように、投げられ放しで捕って貰えないコミュニケーションは、長く続かないし二度したいと思わないでしょう。
言葉のキャッチボールを長く続けたいと思っている、私居酒屋コーチは「だから」を極力口にしないように心がけてします。
でも、こう言ってる今日の文章の中にも「だから」的な接続詞が多いですね…。
いやぁ難しいです!
旧プリンス自動車本社跡にあります(杉並区桃井)。
石の枠の中に「ペンシルロケット」の実物大模型が収められてします。
故東大糸川先生(晩年はバレーを踊られた)と共同で開発した国産初の固体ロケットです。
これから、ドンドン大型化され現在のM-V(ミューファイブ)ロケットへと固体ロケットは発展します。
ところで、固体ロケットですが(7月6日の記事でも話をしました)、事故続きで信頼性の低い「スペースシャトル」に代わるロケットについてNASAが発表しました。
Aresロケット名づけられた2種類のロケットが運用されるとのこと。
そのうちAresⅠと言われる、乗務員を宇宙空間に運ぶロケットの第1段ロケットに、固体ロケットが採用されました。
過去にソ連(現在のロシア)・米国・中国が、宇宙空間に人を送っていますが、これまでは基本的に液体ロケットで搬送していました。
スペースシャトルのように補助として固体ロケットを用いた例はありますが、AresⅠのように固体ロケットをメインにするのは初めてです。
固体ロケットは一度点火してしまうと、火を消すことが出来なのでコントロールが難しいのです。
今回、第1段ロケットに固体ロケットを使用したのは、万が一の際も危機管理出来るという方法を確立したと言うことでしょう。
ロケット自体は、スペースシャトルの補助ロケットを改造したもので、コストを抑えるようです。
しかし、固体ロケットで人を宇宙空間に運ぶなんて、ホント隔世の感があります。
日本のJAXAでも、先ほどのM-Vの後継に、H-2Aの補助ロケットを改造したものを使用すると言っていますけど、固体ロケットが主役に立つ時代になってきたようです。
なお、8月26日(土)に杉並から移った群馬県富岡市の工場が、オープンになりますので、もう少しロケットの本物を見てみたいという方は、軽井沢に行き帰りのついでに寄ってみたら如何でしょう。
昨日の暑気払いは、イタリアンの店で「サントリーモルツ」ほかをいただきました。
ビールの瓶の裏ラベルを何気なく見ると、「京都西山水系」と書いてあります。
「でも、ここは何処だっけ?」と考えても、「港区高輪だよな!?」と言う答えが酔った頭の中を巡るだけ…。
女将に聞いてみると、酒屋さんが「これが美味しいですよ」と置いていったそうな。
果たして、「この京都・・・のモルツが美味しいですよ」と言う意なのか、「サントリーモルツが美味しい」ことなのか、どうも定かに分からなかったのですが、どうやらお店が「京都・・・」を置いてケレと注文したのではないことが分かりました。
東京では、「丹沢水系」だけが流通している訳でない(缶は別)と言う事実が、私居酒屋コーチの昨日の収穫でした。
モルツの水について詳しい方がいらっしゃいましたら教えてください。
もうすぐ梅雨が明けそうです。
チリチリと熱くなって携帯の電波基地局からの電波もオーバーヒートしそうですね(電子レンジの電波みたいなもんですから)。
つまらない事ですが、そうめんのような細い密な雨は、1.5G(ギガ)キャリアやW-CDMA携帯には、電波が通り抜け難いので梅雨は苦手です(竹林も嫌いとの由)。
梅雨が明け、海や山で楽しむ方が増え、海・山局でトラヒック(通話量)が上がるでしょうね。
つながり難くて切れやすくとも、基地局鉄塔も熱い(暑い?)んで我慢してやりましょう?!
見通しの良い場所では、とんでもなく遠い基地局の電波とつながっちゃうことも多いので、仕方ないんです(振ってもダメですよ)。
ハレの100記事目でしたが、大した記事も書けずにちょっと傷心な居酒屋コーチでした。
でも、読んで頂いている方がいらっしゃると言うことは仕合わせなことです。
感謝・感謝・ありがとうございます。
それじぁ暑気払いに行こうッと。
私居酒屋コーチはカレー以外滅多に牛肉は食べないので別に嬉しくもありませんが、吉野家ファンはどうなのでしょう(吉野家は米国でもビーフボールなるものを販売しているので、米国肉も致し方ないのでしょうが)?
米国産牛肉の輸入停止で困っていたのが、仙台の牛タン屋さんだそうでした。
在庫ももう尽きていたとの由でしたので、これで一安心と言うことなのでしょうか?
居酒屋コーチは、仙台の牛タンを一回食べた記憶がありますが、ランチメニューの安いヤツだったせいか「硬いッ!」と言う悔しい印象しか残っていません。
それより仙台に行ったら、やはり三陸で捕れる「おさかな」を食べるのが一番です。
一度、国分町の「地雷也」に行きました。
画像の扉をくぐって地下に下りたところにお店はあります。
料理は、それなりにお高いのでキンキダイの半身?を意を決して注文しました。
炭火で焼くので、脂が落ちカラッと焼けて味が引き出されています。
今の時期は「ホヤ」が美味しいみたいです。
たくさん食べずにちょっと楽しみたいという方にお奨めですかね。
旅行に出ると、「どこかに好い店はないか!」とついつい下を向きがちの私居酒屋コーチ!
6月13日の記事にもしましたが、アゴを上に向けて歩くと結構いろんなものが見えてきます。
この画像は、20世紀に函館で撮ったものですが(撮ったことをすっかり忘れてました)、港町のハイカラらしさが感じられます。
屋根の装飾にも地域、伝統や流行あるいは宗教・気候にも左右されているようです。
先日、図書館から「桟瓦屋根のデザイン」と言う本を借りてきました。
この本にも書いてありますが、屋根瓦のデザインを日本と言う括りでまとめた文献は殆ど存在しないようです(この本は初版は79年ですが)。
と言うことは、日本の屋根についての芸術性や伝統について、体系的に十分に把握しているシステムがないと言うことです。
怖いのは、ややもすると知らない間に貴重なものが滅んでいってしまう、あるいは後継者不足で作れなくなってしまうと言う虞があることです。
現在は、どうやら、その地方地方の建築士や瓦職人が伝統や気候、あるいは瓦の技術的進歩等を取り入れながら、顧客の要望を入れながらデザインをしながら守りつないでいるのに近いようです。
本当に脆弱な体質です。
ところで、本の中の写真や近所の屋根を良く見てみると、屋根は非常に複雑な構造とデザインであるものが多いことに気づきます。
工業製品の図面や作業指示書のようなもの無しで作り上げていると考えると、頭が下がる思いと日本人の職人の凄さに恐れ入ります。
何としても、この伝統を後世に残し続けていきたいものですし、残そうと何かをすることが私たちに求められていると思います。
そのために、今から出来ることは、知ることと興味を持つ(呑んで語る)ことです。
是非、旅する際は、アゴを上げて自分の目線より高い屋根を眺めて歩いてみましょう。
エコエコアザラクではありませんよ。
サンスクリット語で「類いまれな尊いお地蔵さま」と意味とのことです。
さて、24日は地蔵盆だったそうです。
お地蔵さんと言えば、私居酒屋コーチの住む横浜周辺では、「六地蔵」を良く見かけることが出来ます。
画像(鎌倉市観光協会から転用)の「由比ガ浜通り六地蔵」のように、赤いよだれ掛けと帽子を被った6体が一ヶ所にまとまっている形態(集合型とでも言いましょうか)のお地蔵さんです。
京都の地蔵盆が有名のように、地蔵盆は西日本で盛んのようです(巣鴨のとげ抜き地蔵では、地蔵盆とは言わず縁日と言っているようです)。
かつて赴任していた広島市内でも、8月24日に行われていました。
しかし、集合型「六地蔵」は、広島県を始め周辺の県でも、殆ど見ることは出来ませんでした。
記憶しているのは、福山鞆の浦のお寺で見たくらいです(屋根の下で、よだれ掛けはしていなかったと記憶してます)。
果たして、集合型「六地蔵」の分布って地域性があるのでしょうか?
1989年8月の画像です(東西の壁はまだありました)。
フィルムスキャナでネガを600dpiスキャニングしたものです(7月14日記事をご覧ください)。
前回の記事の画像に比べ、フィルムの保存状態が良かったようで、17年前にも関わらず奇麗な画が採れました。
ネガやポジの紙焼きが色褪せたり、整理が大変の方は、スキャナを使うのをお勧めします。
デジタル一眼レフの規格統一(35mmフルサイズ。ASP-C。フォーサーズ…)がどうなるか分からないので、しばらくは銀塩で撮影・現像してスキャニングし、必要ならネットで紙焼き依頼することにします。
ところで、「ホフブロイハウス」には、私居酒屋コーチが初めの洋行4日目に訪れました。
ボチボチ時差の疲れも出てきた頃のようだったようで、確か大ジョッキ2杯?でかなり酔っ払って、どうやってホテルに帰ったのか覚えていません。
ちなみに、HPを見たところ「ビール1L 6.2ユーロ(920円弱)」だそうで、思ったより安くないです(当時は缶ビール1マルク80円+ぐらいだったと記憶してますが)。
帰巣本能で帰れた訳ではないので、同行した方に寄りかかって帰ったのでしょうね…。
日本のビールに比べ、色も濃く味も濃かったように記憶しています。
早く梅雨が明けて、ビアホールに行きたいものです。
毎年毎年、集中豪雨のニュースが画面や紙上を賑わすのは本当に辛いです…。
ベイサイドマリーナから良く見えますが、私居酒屋コーチはクルクルと回っている姿を見たことがありません。
試験機なので、予想外の事故に対処しにくい事業所が休日の土日は、試験もお休みなのでしょう。
この会社では、事業所は異なりますが、かつて開発の遅れを休日(無断?)出勤で試験中に死亡事故を起こして、国家プロジェクトの進捗を遅らしてしまうと言う事件を起こした経験をもっているからでしょうか?
開発の遅れ等を無理に取り戻そうと言うのは、結局高くつくことが多いようです。
高度成長期は、研究開発に対する社員全体がフォローアップしている雰囲気がありました。
が、現在ではプロジェクト毎お互い同士がまるで敵のような雰囲気で競い合わされている感じがします。
社内でお互いを出し抜きあっているのですから、会社としての求心力やベクトルは強くない状況です。
こんな中で無理をすれば、必ず何処かから破綻を帰するのは当然なのでしょう。
生き残って行くには、競争が厳しい時代であるのは間違いありません。
ですから、会社が我が国や世界あるいは人類にどんな貢献をしていくのか等のビジョンをしっかり持っていることが必要です。
それは、そこで働く従業員のモラルやモチベーションを駆り立て、それこそ全社一丸となれ、結果として素晴しい成果を生み出していきます。
当然、競争に勝ち抜いていけるのです。
サッカーと同じですね(サッカーもかな?。お時間のある方は7月19日の記事もご覧ください)。
遊行寺の門前町でもあった藤沢で、今年より「藤沢町 遊行の盆」と言う催しが開かれるようになったそうです。
遊行寺は、「踊り念仏」と言う布教活動をしたことで有名な「一遍上人」の興した時宗の総本山です(お正月の箱根駅伝の復路の最初のきつく長い上り坂が脇を通っています)。
ですから、藤沢と踊りとは縁があると言う訳です。
踊りは、「踊り念仏」踊りと地元の「ささら踊り」と「越中おわら」「秋田・西馬音内(にしもない)踊り」が、遊行寺境内(22日)と藤沢市秩父宮記念体育館(23日10時)に催されるそうです。
私居酒屋コーチは鑑賞する時間がありませんでしたが、今後全国の踊りを紹介していくとのことなので楽しみにしたいと思います。
帰りには、有名な居酒屋「久昇」辺りに行ってみたいですし。
ちなみに、今年はどっかの「阿波踊り」を観てみたいと思っています。
鳥取市白兎(はくと)海岸には、因幡の白兎伝説の残る地です。
ここには白兎神社と言うお社もありますが、有名な海水浴場でもあります。
綺麗な白兎海岸を右手に臨みながら国道9号線を西に向かうと、トンネルが現れ国道は山の中に入って行きます。
しばらく山や海を見ながら浜村温泉を過ぎると、因幡国最後の町「青谷町(あおやちょう。平成の大合併で殆ど村はなくなりましたが、中国地方では「村」は殆ど「そん」と読みました)」に入ります(ここから東は伯耆国)。
青谷町には、「日置桜」の蔵元「山根酒造場」があります。
他の因幡国の酒同様、新鮮なお魚に合うお酒です。
最近は「強力(ごうりき)」と言う酒米を使用した商品も発売しています。
「強力」はかつて因幡国で栽培されていたのですが、人間の背ほどの高さまで育ち、風雨に弱い等の理由でしばらく作られていなかったとのことです。
それを再び栽培してお酒を仕込み始めたとのこと。
私居酒屋コーチはまだですが、早く飲んでみたいと思っています。
稲の背丈の話をしましたが、稲の品種改良には背を低くするのも一つの要素だそうです。
稲の頭(穂)が重く垂れた頃に台風がやってくる我が国においては、稲が倒れにくいことは非常に大切なことです。
作付け面積No1の「コシヒカリ」も背の低い稲だったと思います。
美味しいということに加え刈り取り易い稲なんですね。
梅雨明けが遅れていますが、余り暑くなく日照時間が十分で台風も余り来ずに、美味しいお米が刈り取れることを期待したいですね。
全く「フランクフルトソーセージ」ですね。
神代の昔、因幡の白兎がワニザメを騙して痛い目にあったところを、大国さまが、「ガマの穂にくるまりなさい」と助けたと言う話のあのガマの穂です。
最近は殆ど見ることが出来なくなっていました。
秋になって柔らかくなって来たところを、揉んでやるとモコモコと膨らんで、タンポポの穂綿のようなのがいっぱい飛んでいくのが楽しいんですよね。
因幡の白兎が騙した「ワニザメ」ですが、山陰(中国)地方では「サメ」のことを「ワニ」と言います。
安芸の国の北部「三次(みよし)」では、「ワニ料理」が有名ですが、その「ワニ」は「サメ」肉のことです。
サメの肉は、アンモニアが多く含まれているとのことで日持ちがするそうです。
そのため、昔は山の中で新鮮な海魚が食べられない林業の町三次でも貴重な蛋白源として重宝がられたのでしょう。
現在では、「ワニ」の刺身も食べられますので、広島の北部に行かれる機会がある方はお試しください。
「サメ」はこちらの魚屋でも売っていますが、生は無いと思います(鳥取市や山陰沿いの町でも食べないと思います?)。
「サメ」のムニエルは、私居酒屋コーチも好きです。
刺身でもアンモニア臭などないのでご安心を。
ちなみに、三次には「鵜飼い」もありますので、十分楽しめる町ですよ(秋は雲海です)。
露鵬事件で、「礼に始まり礼に終わる」相撲について巷間賑わしています。
相撲は単純な格闘技ではない日本の国技ですので、その精神にもとる行為の処分は致し方ないことでしょう。
「はっけよい!」で始まれば格闘技ですが、勝負がつけば礼節正しくするのが神事に由来する相撲の独自性です。
他国にはない、世界で認めれる「侍精神」を誇って良い日本のオリジナリティーです。
さて、サッカーのワールドカップが終わったのはもう随分前のように感じますが、世界のサッカーはまるで格闘技のようでした。
日本人の体格では、格闘技として闘ってはかなり苦しい試合を強いられると思います。
しかし、リネカーのようなクリーンな試合をする選手でも世界で闘えるのも事実です。
身体が小さくても、勤勉で器用で礼儀正しいサムライJは、全員がリネカーのようなスタイルで闘うチームにはなれないでしょうか?
今のは私居酒屋コーチの勝手な私見ですが、大事なのは日本サッカーが世界のサッカー発展に貢献できる(強くなければ貢献出来ませんが)ことだと考えます。
先日、Jリーグ・オールスターを見ていて、ボディコンタクトの少なさに驚きました(怪我を避けて)。
では詰まらないゲームだったかと言えば、そんなことはなく結構楽しめました。
選手一人ひとりが自分の能力をフルに出し切れていたからだと思います。
そう言う意味では、WCではサムライJは自分たちの能力を出し切れていたか疑問を感じます。
そろそろ、サッカーの発展に日本人の特質を生かし、「日本のサッカーがどうありたいか」と言うGOALをはっきりさせる時期だと思います。
GOALがはっきりすれば、やるべきことが明確になり、もし方向性がブレても軌道修正は容易です、GOALが見えているのですから。
GOALを明確にするのは、パーソナルコーチの役割です。
川渕キャプテンは、パーソナルコーチを付けていないのでしょうか?
「おもいッきりテレビ」「あるある大辞典」「ためしてガッテン」等々、健康・ダイエットに関するテレビ情報が溢れています。
もちろん、週刊誌や専門誌等にも同様の情報が満載です。
お医者さんの言うことを聞かずに、「みのもんた」の言うことを信じて病気を悪くしたなんて話がまことしやかに噂されるほど、これらの情報の影響力も大きいです。
本当にこれらの情報(知識)は効果があるのでしょうか?
ほぼ間違いなく効果があると思われます。
ただ、人によっては効果が小さく出る場合や効果が出るまでに時間がかかったり、場合によっては逆効果になったりすることがあると思われます。
あくまでも統計的に立証されている効果ですから。
それじゃ意味がないと言って無視すべきものではなく、こう言った情報(知識)を上手く使ってみましょう。
TVや雑誌あるいは医師等から得た貴方の持っている知識を、上手く使って自分に合うように生かしていけば良いのです。
この手の知識を持っている方は、ある程度の人生経験をお持ちの方でしょう。
ですから、今までの食事や運動等に関わるご自分の身体に対する影響について関連付けていけば良いのです。
甘いものをたくさん食べるとどういう風に身体が変化する(私の場合、食欲が落ちる)、ストレッチ運動をするとどこが楽になる(腰が軽くなる)など、実体験を多かれ少なかれお持ちのはずです。
それを生かすのです。
つまり、「知識」に「経験」を加えて、自分のための「知恵」に変えていくのです。
往々にして私たちは新しいもの飛びついてしまったり、自分の信じているものに固執しまいがちです。
それでは、まだ「知識」のままであって自分に役立つ「知恵」になっていません。
そのためにまず、今までの自分の身体についての「経験」を棚卸しをしてみるのです。
十分やった(試した)こと、まだまだ不十分のことなどが明らかになっていきます。
そして、新しい「知識」と融合させ、貴方に効果的な「知恵」として実践しながら身につけていくのです。
こう言った「知識」を「知恵」に変えていくお助けをするのも、「パーソナルコーチ」の役割です。
「みのもんた」の知識をダイエットの成功につなげる「欲しいものを手に入れる」知恵を身につける。
貴方も「ダイエットコーチング」を受けてみましょう。
きっと人生が変わりますよ!
昨日は「美味しいものを食べる(飲む)ために(体重が増えてしまうので)ダイエットする」かのように書きましたが、ダイエットは人によって目的が違うのだと思います。
ところで、貴方はダイエットのためのダイエットにはなっていないですか?
私居酒屋コーチは昨秋からスポーツクラブに通っていますが、始めたきっかけは寝ていると背中が痛くなって眠りが浅くなり熟睡感が足りなかったことでした。
ところが、スポーツクラブに通っていると、何キロのダンベルを何回挙げるかとかエアロビをどうやって上手くやろう等が目的となってきて、バランスの取れた柔軟性のある身体になってぐっすり眠ろうと言う本来の目的が何処かへ飛んで行ってしまいました。
居酒屋コーチは、幸いにしてクラブのトレーナに「メニューの見直しをしましょうか」との声にハタと気づき、本来の目的を思い出し矯正出来ましたが、さもなくば筋肉モリモリを目指して筋肉疲労を常に抱えていたかもしれません。
人は往々にして、自分一人では本来考えていた方向とは違った方向へ行きがちです。
そんな時、本来目指した方向へ戻して、得たい目的を達成する支援をするのが、パーソナルコーチです。
さて、貴方にとってのダイエットは何のためにやるのですか(ダイエットした先にあるものは)?
葉山界隈で、安くて庶民的な店はないかと見つけた食堂にありました。
ちなみに「ひこイワシ」とは「かたくちイワシ」のことだそうです。
広島では、「小イワシの天ぷら」が居酒屋のメニューにも良くありましたが、やはり「かたくちイワシの天ぷら」だったようです。
今年イワシは不漁と言われていますが、美味しく簡単なので積極的に調理して食べたいものです。
骨まで食べられカルシウムを摂取出来、DHCも一杯ですからダイエットにも有効でしょう。
夏場は食欲も落ち体力を消耗しがちですので、ダイエットするには皆さんの持っている知識をフルに使って実行しましょう。
ついつい貴方はやり易い方法ばかり手をつけていませんか?
食べ物の美味しくなる秋までに、効果的にダイエットを成功させ美味しいものを、美味しく楽しく食べられるための準備をしましょう。
そのために「ダイエットコーチング」を受けてみることをお奨めします。
このブログに出会ったのも、ダイエットを成功するきっかけと思ってみましょう。
チャンスだと思うことで人生は変わります。