2008年5月 8日 (木曜日)

う~む…

Bs停波1ヶ月ちょっとですが、基地局ネームプレートはそのままです。

鉄塔自体は、auで使われているので撤去はされないようですが、いずれキュービクルが撤去されるときに外されるのでしょうね。

2008年4月29日 (火曜日)

20世紀の銀行!

Fuji情けない銀行もあるものです。

一応かなりの大手銀行と言われています。

全くと言っていいほどお客さま指向でありません。

この画面はメインでありません。

ということで、フリーダイヤルの番号がすぐに判りません。

かてて加えて、携帯とPHSからフリーで掛からないと来ました!

今の時代、固定電話を引いていない方も一杯います。

社会人や大学に入って口座を新たに作る方は、固定電話を持っている方は少ないでしょう!

つまり、将来の顧客に対し差別的対応を自ら示しているのです。

市外局番042に100キロ以上の遠距離から掛ければ、契約条件によっては固定電話より安いこともあるのをご存知ないようです。

コストを抑えようと考えているのかもしれませんが、時代錯誤的です。

そして、以上のことを要望として聞いてねと言ったら、「上司に伝えて上にあげます」とのたまってくれました。

お客さま(候補)の声を、上司というフィルターに掛けて上部に伝えると言うことを、顧客に伝えてしまった訳です。

この銀行の情けない企業文化が垣間見えました。

合併する前から官僚的だと言われて窓口の対応も悪い銀行でしたが、一向に改善されていないようです。

サブプライム問題で大きな穴を開けていて、市場から淘汰されても可笑しくないかもしれません。

2008年3月31日 (月曜日)

さよならツーカー

Tuka本日一杯で、ツーカーブランドの携帯電話サービスが終了します。

1994年4月の、携帯電話機売り切り制(自由化)スタートに合わせサービスを開始して以来、14年間の営業でした。

それまでは、携帯電話は事業(キャリア)会社からレンタルで借りて使用する制度でした。

携帯電話を利用するには、基本料や通話料に加え、携帯電話機のレンタル料が掛かる高価なサービスで普及を阻んできました。

携帯電話機(端末)を利用者が買い取るルール「端末売り切り制」は、端末メーカの原価低減努力による販売価格の低下や中古機の流通により、安価の端末を手に入れることが出来るようになり、普及に弾みが付くだろうという当時の郵政省の施策によるものでした。

携帯電話を普及させるために、通信設備投資の巨額事業を許認可する監督官庁として三流現業官庁から脱却出来るという思惑もありました。

実際はバブルが弾け、本当に郵政省の思惑通りに普及するか疑問もあり、ドコモ・IDO・セルラーに続き手を挙げた、日産自動車系のツーカー3社とJR系デジタルホン3社が、関東・東海・近畿(東名阪)だけの事業会社を設立したのみでした。

つまり、この時点(94年4月)では、東名阪以外ではツーカー電話は使えないという、何処に行っても使えるという元々の携帯電話のメリットが不十分なままの状況でサービスをスタートさせた訳です。

ツーカーもデジタルホンも流石にこの状況を放っていくわけにもいかず、東名阪以外の地域ではツーカーとデジタルホンが手を組んでキャリアを設立するというウルトラCで郵政のOKを取りました。

東名阪での敵が、それ以外の地域で手を組むという捩れ状態を作ってでも、加入者への便益を図り相乗的に発展を図る手です。

これが結果的には、ツーカーが今日でサービスを終了する伏線になったかもしれません。

というのも、ツーカーの親会社であった日産が本業に躓き、コストカッター「C・ゴーン」を招聘することとなり、「選択と集中」の名の下に、ツーカー事業をJR系の日本テレコムに売却することになったのです。

東名阪以外の会社は元々日本テレコムが大株主として出資していた会社ですからすんなりと、日本テレコムが買収に同意しました。

上手くいかなかったのが、東名阪のツーカー3社です。

元々、ツーカーホン関西を除く2社には、東名阪でセルラー電話を展開する当時のDDIが出資したことと、日本テレコムにとっては東名阪では競合関係でことで、ツーカーホン関西を含む3社は、DDIに売却されることになりました。

日本テレコム側はその後、「Jフォン」になり「ボーダフォン」に買収され、さらに「ソフトバンク」に売却されるという紆余曲折を辿り現在に至っていますが、ツーカー3社はDDI系のauとシステムの違いからサービス統合も進まず、結局2Gと呼ばれる「1.5G帯PDC方式」のままサービスを細々と続けていました。

しかし、携帯サービスは高速データ通信のツールとしての3Gが主流になると2Gのままではお荷物になっていくばかりで、終に本日でサービスを終了することに相成ったわけです。

規制緩和の自由化は、競争を呼んで利用者にメリットを与える方策ですので、合従連衡や市場からの撤退は避けられないことだとは思います。

しかしながら、携帯事業は巨額の設備投資が絡み、仮にサービスを撤退した場合は加入者に大きな負担を強いることもあり得ます。

ですから、規制緩和という響きの良い名の下に許認可権力を振りかざすやり方は、官庁のブランド性を上げようとするパフォーマンスなどに使われてはならないはずです。

3Gに続く次世代通信などについても、旧郵政省の統合先である総務省は、人参を鼻先にぶら下げるようなやり方で参入事業者を募りました。

加入者はほぼ飽和状態であるにも関わらずです。

ツーカーだけでなく、アステルやパーソナルというPHSの事業会社も消え、そこに勤めていて辛い目にあった従業員は少なくありません(幸いにして加入者は余り損害を蒙っていないようですが)。

総務省は規制緩和を進めるなら中途半端な許認可を残さずにもっと積極的な施策を施すべきです。

もう好い加減に懲りるべきです。

そんな規制緩和の罠に沈んだツーカーにエール(鎮魂歌?)を送りたいと思います。

お疲れさまでした「ツーカー(TUKA)」!

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